西勝田村
さいかちたむら
[現在地名]岩代町西勝田
南東部は移川とその支流小浜川に挟まれ、北西部は小浜川の西側にあり、中央部に宮守村が楔状に入っている領域の複雑な村である。二分割されたような状態になっている理由は、西勝田村の一部小浜・貝田・平太郎内の三字に小浜町の町割をしたためと思われる。天正一〇年(一五八二)と推定される一〇月一七日の田村清顕領知判物(安斎文書)に「鰹木之内堀籠在家」とみえ、安斎八郎左衛門に与えられている。同一四年伊達政宗は「さいかち田内 一ほつこめ 七貫文」を安斎八郎左衛門に与えたとされるが(「伊達政宗領知黒印状」同文書)、この文書の黒印には疑問がある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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