西園目村(読み)にしそのめむら

日本歴史地名大系 「西園目村」の解説

西園目村
にしそのめむら

[現在地名]東栄町西薗目にしそのめ

大千瀬おおちせ川の支流、西薗目川中流域の村。延宝三年(一六七五)の代官鳥山牛之助・鈴木八右衛門の検地で一一九石余を検出幕末戸口は五七戸・三四〇人(北設楽郡史)小田敷おだしき峠を挟み、東の小田敷に伊藤兵庫助政定、西の元平げんたいらに家人加納太郎左衛門がそれぞれ居住したという。八幡神社の天文六年(一五三七)銘棟札には、「奉建立三州設楽郡振草郷当村大檀那伊藤兵庫助諸願所」「同伊藤喜三郎同千代丸加納九郎左衛門其他諸檀那」などと記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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