西萩原村(読み)にしはぎわらむら

日本歴史地名大系 「西萩原村」の解説

西萩原村
にしはぎわらむら

[現在地名]尾西市西萩原

村の中を美濃路が通り、東に日光(につこう)川が流れている。南は吉藤(よしふじ)村で萩原宿(現一宮市)の西の続きである。寛文(一六六一―七三)の戸口八六軒・四六六人。寺二軒は寂雲(じやくうん)寺・妙楽(みようらく)寺でともに名古屋聖徳(しようとく)寺の末寺である。概高四八五石余、田は一八町二反余、畑二五町三反余の村。萩原宿へ一〇町、起(おこし)宿へは二六町(寛文覚書、天保村絵図)。東海道宿村大概帳には「此村往還通長九町三十間半之内、家居飛々有之、其余ハ並木等也」とある。萩原宿の助郷村である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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