萩原(読み)はぎわら

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

萩原
はぎわら

岐阜県中東部,飛騨川上流域にある地区。旧町名。 1897年町制。 1956年川西,山之口の2村と合体。 2004年3月下呂町はじめ3町1村と合併し,下呂市となった。区域は飛騨川の谷底平野にあり,林業を中心に米作畜産などが行なわれる。県立水産試験場が設置され,渓流を利用した養殖淡水漁業が観光を兼ねて発達。久津八幡宮 (本殿,拝殿はともに重要文化財) 境内の夫婦スギ,禅昌寺の大スギはともに天然記念物。区域の一部は位山舟山県立自然公園に属する。川沿いを JR高山本線,国道 41号線が通る。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

大辞林 第三版の解説

はぎはら【萩原】

萩の生い茂っている原。はぎわら。 [季] 秋。 《 いづくにかたふれ臥とも萩の原 /曽良 》

はぎわら【萩原】

はぎわら【萩原】

姓氏の一。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

萩原
はぎわら

「はぎはら」ともいう。岐阜県中東部、益田郡(ましたぐん)にあった旧町名(萩原町(ちょう))。現在は下呂(げろ)市の北部中央を占める一地域。1897年(明治30)町制施行。1956年(昭和31)川西、山之口の2村を編入。2004年(平成16)小坂(おさか)、下呂、金山(かなやま)の3町および馬瀬(まぜ)村と合併、市制施行して下呂市となる。旧萩原町は、南飛騨(ひだ)の商業、文化などの中心地であった。阿寺断層北端部の断層谷を南東流する益田川(飛騨川)沿いに、耕地が比較的広く開けており、歴史も古い。かつてはクワの栽培、養蚕が盛んであったが、近年、農業ではトマトなどの栽培が伸びている。畜産が盛んで、飛騨牛の生産は県下有数である。JR高山本線、国道41号、257号が通じる。中心地区萩原の北、上呂(じょうろ)の久津八幡(くづはちまん)宮は南飛騨の総鎮守であり、本殿は室町時代、拝殿は桃山時代の建造物で、ともに国指定重要文化財である。また、境内には樹齢1200年以上といわれる夫婦(めおと)スギがあり、国指定の天然記念物である。中呂(ちゅうろ)の禅昌(ぜんしょう)寺の大スギも国の天然記念物。[上島正徳]
『『萩原町誌』(1962・萩原町) ▽『萩原町史』全4巻5冊(1987~2003・萩原町)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典の解説

はぎ‐はら【萩原】

〘名〙 (「はぎわら」とも) 萩の生い茂っている原。《・秋》
※万葉(8C後)二〇・四三二〇「ますらをの呼びたてしかばさを鹿の胸分けゆかむ秋の波疑波良(ハギハラ)

はぎはら【萩原】

はぎ‐わら ‥はら【萩原】

はぎわら はぎはら【萩原】

(「はぎはら」とも) 姓氏の一つ。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

今日のキーワード

僥倖

[名](スル)1 思いがけない幸い。偶然に得る幸運。「僥倖を頼むしかない」「僥倖にめぐりあう」2 幸運を願い待つこと。「生死の境の中に生きることを―しなければならない運命」〈有島・生れ出づる悩み〉...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

萩原の関連情報