西蔵垣内村(読み)にしくらがいちむら

日本歴史地名大系 「西蔵垣内村」の解説

西蔵垣内村
にしくらがいちむら

[現在地名]茨木市蔵垣内(くらかきうち)一―三丁目・宇野辺(うのべ)二丁目、摂津市千里丘東(せんりおかひがし)一丁目など

東蔵垣内村の南西にあり、江戸時代中頃まで東蔵垣内村と併せて単に蔵垣内村といわれた。三宅(みやけ)村八ヵ村の一小村で、元禄年間(一六八八―一七〇四)までには東西に分村(元禄郷帳)。分村後西蔵垣内村は延享四年(一七四七)閑院宮家領となり幕末に至った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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