見物村(読み)けんぶつむら

日本歴史地名大系 「見物村」の解説

見物村
けんぶつむら

[現在地名]館山市見物

加賀名かがな村の北東に位置し、かがみヶ浦に臨む。慶長二年(一五九七)の安房国検地高目録ではこうやつ五ヵ村のうちに含まれていたと考えられる。同一五年の里見家分限帳に村名がみえ、高一八九石余、御隠居付人梅田渡理などの給知。寛永二年(一六二五)知行宛行状で当村高一六六石余は旗本石川正次に与えられている。正保郷帳では田高一〇七石余・畑高五八石余で同じく石川領。享保一二年(一七二七)の安房国村々助郷請帳(岩崎家文書)、元文村高帳では幕府領

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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