賢坂通(読み)けんさかつじどおり

日本歴史地名大系 「賢坂通」の解説

賢坂通
けんさかつじどおり

[現在地名]金沢市小将町(こしようまち)・兼六元町(けんろくもとまち)

味噌蔵(みそぐら)町と小将町の境をほぼ東西に走る通りで、東は東外総構堀を経て材木(ざいもく)町二丁目、同三丁目境の賢坂辻に至り、西は尻垂坂(しりたれざか)通を経て紺屋坂口(こんやざかぐち)御門に通じた。明治四年(一八七一)頃尻垂坂以東を一町として町立てしたが、享保一九年(一七三四)の武士町細見図では小性町と記されるように、江戸時代は平士屋敷を中心とした武家地であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報