赤生田村(読み)あこうだむら

日本歴史地名大系 「赤生田村」の解説

赤生田村
あこうだむら

[現在地名]館林市上赤生田町(かみあこうだちよう)・赤生田本町(あこうだほんちよう)・赤生田町・南美園町(みなみみそのちよう)

南境を谷田(やた)川が東流し、北より東にかけ羽附(はねつく)村、西は小桑原(こくわばら)村・堀工(ほりく)村、南は南大島(みなみおおしま)村・江黒(えぐろ)村(現邑楽郡明和村)。堀工村との間に蛇(へび)沼がある。永享元年(一四二九)一一月二八日の湯峯正吉等旦那売券(米良文書)に「上野国阿古宇田」とみえ、当地の大輔法印の引旦那の権利が一五貫文で譲与されている。また文亀二年(一五〇二)三月一九日の鳥井堪順旦那売券(同文書)では佐貫(さぬき)庄の「阿古宇田幸蔵寺」門弟引旦那名字とも一円が売られている。

寛文元年(一六六一)の領内一村一人宛出頭方申渡(大島文書)に赤生田村とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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