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越智崗上陵 おちのおかのうえのみささぎ

世界大百科事典内の越智崗上陵の言及

【皇極天皇】より

…この治世には皇太子中大兄皇子が実権を握って改新政治を推進していったが,海外では東アジアの緊迫した国際情勢がいよいよその最終段階に入り,660年(斉明6)に唐・新羅連合軍がまず百済を攻略したため,朝廷は百済救援軍を朝鮮に派遣することになり,救援軍指揮のため,翌661年正月に中大兄皇子は天皇以下とともに筑紫の娜大津(なのおおつ)(博多湾付近)の磐瀬(長津)宮に赴いた。天皇は同5月に朝倉宮に移ったが,同7月にそこで世を去り,遺体は同年中に大和の飛鳥に戻り,667年(天智6)2月に至って,間人皇女とともに大和国高市郡の越智崗上陵(おちのおかのうえのみさざき)に合葬された。【関 晃】 皇極天皇には《日本書紀》に6首,《万葉集》に3首の歌が伝えられている。…

※「越智崗上陵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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