逍遥園跡(読み)しようようえんあと

日本歴史地名大系 「逍遥園跡」の解説

逍遥園跡
しようようえんあと

[現在地名]小松町新屋敷 御殿

小松陣屋の南側にあった庭園。二代藩主一柳直治が八年がかりで完成したもので、御殿(陣屋)と同じくらいの広さがあったとされる。一帯楠陵くすおかとよんだというが、これは直治が楠陵と号したのと関連があると思われる。また庭園はお山荘とよばれたが、高鴨神社文書によると御山屋敷ともよんでいたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 調練場 梅園

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む