通沢村(読み)とおりさわむら

日本歴史地名大系 「通沢村」の解説

通沢村
とおりさわむら

[現在地名]秋田市下北手通沢しもきたてとおりさわ

柳館やなぎだて村と宝川たからかわ村の中間山間の沢地に集落水田が延びる。

正保四年(一六四七)の出羽一国絵図に一五一石とある。佐竹氏入部以前の出羽国秋田郡御蔵入目録写(秋田家文書)や秋田実季分限帳(秋田家文書)に村名はないが、慶長三年(一五九八)の御蔵入御物成納口之帳に「滝沢村」とあり、現在の通沢字たきさわと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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