釈長明火定所(読み)しやくちようめいかじようしよ

日本歴史地名大系 「釈長明火定所」の解説

釈長明火定所
しやくちようめいかじようしよ

[現在地名]戸隠村戸隠 中社

中社から奥社旧参道を六〇〇メートル行くと、道の右側の小高い所に「釈長明火定之所」と刻んだ古碑がある。釈長明は「元亨釈書」に「釈長明、居信州戸隠山、年二十五、絶言話誦法華、亦三歳不偃臥、一日語人曰、我是一切衆生喜見菩薩也、来此所焼身已三回、今命尽上兜率、便積薪入内自焚、康保年中也」とあるように、戸隠寺の住僧で、康平年中(一〇五八―六五)、喜見菩薩(薬王菩薩)再来と称して焼身、昇天した(拾遺往生伝・東国高僧伝)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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