野花村(読み)のきようむら

日本歴史地名大系 「野花村」の解説

野花村
のきようむら

[現在地名]東郷町野花

引地ひきじ村の西、東郷池南岸に面し、南に山が迫る。倉吉往来が通る。古くは野花尾村と称された(正保国絵図)。のち尾を省いたが読みは従来どおりにされたという。正嘉二年(一二五八)一一月作成の東郷庄下地中分絵図に「松尾西分」とみえ当地松尾まつお神社に比定される。藩政期の拝領高九四石余。宝暦三年(一七五三)頃の河村郡村々明細帳(近藤家文書)によると朱高一〇三石余、高一〇九石余、うち畑高一一石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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