野里郷(読み)のりごう

日本歴史地名大系 「野里郷」の解説

野里郷
のりごう

和名抄」諸本とも訓を欠く。和銅五年(七一二)一〇月付の平城京内出土木簡に「若□国小丹生郡野里中臣呼万呂御調塩三斗」、平城宮出土木簡に「若狭国遠敷郡野郷野里秦人文屋調三斗」とみえる。

伴信友「若狭旧事考」は野里の里は「伊」かとし、「若狭国志」は「野里 今廃野木村旧野井、古駅名已濃飯野木ナレハ即野里亦野井再転シテ而称之乎」とする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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