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伴信友 ばんのぶとも

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

伴信友
ばんのぶとも

[生]安永2(1773).2.25. 若狭
[没]弘化3(1846).10.14. 京都
江戸時代後期の国学者,歌人。小浜藩士伴平右衛門の養子となり藩侯酒井家に仕えたが,49歳のとき病気により致仕,以後もっぱら学問に努めた。本居宣長没後門人となった。古典の考証を得意とし,かなの各種字体を集めてその字源を明らかにし,また神代文字の存在を否定するなどの事績をあげた。

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デジタル大辞泉の解説

ばん‐のぶとも【伴信友】

[1773~1846]江戸後期の国学者。若狭小浜藩士。通称、州五郎。号、事負(ことひ)。本居宣長没後の門人。歴史の研究、古典の考証にすぐれた。著「比古婆衣(ひこばえ)」「長等山風(ながらのやまかぜ)」「神社私考」など。

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百科事典マイペディアの解説

伴信友【ばんのぶとも】

江戸後期の国学者。通称は州五郎,号は特(ことい)(事負とも書く)。若狭小浜藩士。本居宣長に私淑し,没後の門人となり,平田篤胤らと交わった。考証に長じ,師の説の遺欠を補って,すぐれた業績を残した。
→関連項目神名帳

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

伴信友 ばん-のぶとも

1773-1846 江戸時代後期の国学者。
安永2年2月25日生まれ。若狭(わかさ)(福井県)小浜(おばま)藩士。本居宣長(もとおり-のりなが)の学風に傾倒,没後の門人となり本居大平(おおひら)にまなぶ。古典,国史の考証にすぐれ,「長等(ながら)の山風」「比古婆衣(ひこばえ)」など,おおくの著作をのこした。天保(てんぽう)四大家のひとり。弘化(こうか)3年10月14日死去。74歳。本姓は山岸。初名は惟徳。通称は鋭五郎(おのごろう),州五郎。号は事負(ことい)。

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朝日日本歴史人物事典の解説

伴信友

没年:弘化3.10.14(1846.12.2)
生年:安永2.2.25(1773.3.17)
江戸後期の国学者。若狭国(福井県)小浜藩士山岸惟智とサヨの4男。幼名惟徳,通称鋭五郎,のち州五郎,特(または事負)と号した。天明6(1786)年同藩江戸詰の士伴信当の養子となった。8年江戸へ下向,文化3(1806)年養父死去により家督を相続,以後文政4(1821)年長男信近に禄を譲るまで,藩主酒井忠貫・忠進2代に仕えた。国学には早くから心を寄せていたが,享和1(1801)年村田春門の仲介で死直後の本居宣長の霊前に名簿を捧げ,入門した。以後,公務の寸暇に宣長の養子本居大平に指導を受け,周到な古典考証に心血を注いだ。年来の史料収集と校勘は隠居後の25年間に開花し,制度や事物起源などについて多くの史論を打ち出した。同門の平田篤胤らと共に天保の4大家に数えられた。篤胤とは対照的に人物穏当で,実証主義に徹して古代史を究めた。しかし生前に刊行された著書は少なく(『鈴屋翁略年譜』1829),幕末期に平田篤胤のように学説の拡張をみるに至らなかった。<著作>『伴信友全集』全5巻<参考文献>関晃他編『平田篤胤・伴信友・大国隆正』(日本思想大系50)

(ロバート・キャンベル)

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世界大百科事典 第2版の解説

ばんのぶとも【伴信友】

1773‐1846(安永2‐弘化3)
江戸後期の国学者。若狭小浜藩御馬廻130石山岸惟智の第4子として小浜に生まれる。幼名は鋭五郎(おのごろう),のちに州五郎,惟徳,さらに信友。号は特(ことい)(事負とも書く)。14歳にして同藩勘定頭60石伴信当の養子となり,翌年江戸に移り,16歳より出仕。1811年(文化8)京都に移り堀川所司代屋敷に住み,翌年150石を受けるに至る。15年江戸に移居,21年(文政4)病により致仕。44年(弘化1)ふたたび京都に移住するまで,江戸にあって学問に専念した。

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大辞林 第三版の解説

ばんのぶとも【伴信友】

1773~1846) 江戸後期の国学者。若狭小浜藩士。本居宣長没後の門人。著作は百数十部に上り、古典の校訂・集録も多い。近世考証学の泰斗。著「長等の山風」「比古婆衣ひこばえ」「仮名本末」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

伴信友
ばんのぶとも
(1773―1846)

江戸後期の国学者。安永(あんえい)2年2月25日生まれ。若狭(わかさ)国(福井県)小浜(おばま)藩士山岸惟智(やまぎしこれとも)の四男。14歳、同藩士伴信当(のぶまさ)の養子となり、翌1787年江戸に移住。通称州五郎。事負(ことひ)と号す。本居宣長(もとおりのりなが)の没後門人。壬申(じんしん)の乱に関する考証『長等(ながら)の山風』、外交史に関する考証『中外経緯伝』、式内社と式外の国史見在社についての考証『神名帳(じんみょうちょう)考証』(1813成立)、随筆『比古婆衣(ひこばえ)』(1847、1861)など国史の研究に優れた業績を残す。平田篤胤(ひらたあつたね)と親しかったが、1823年ごろから不仲となる。稿本類は宮内庁書陵部、国会図書館、静嘉(せいか)堂文庫、東洋文庫などに、蔵書は京都大学、小浜市立図書館などに現蔵。弘化(こうか)3年10月14日京都で客死。74歳。墓は福井県小浜市伏原(ふしわら)の発心寺に現存する。[梅谷文夫]
『『伴信友全集』全5巻(1907~1909・国書刊行会) ▽『伴信友全集』5巻・補巻2巻・別巻伴信友研究篇1巻(1977~1979・ぺりかん社。本巻は国書刊行会本の復刻、補巻・別巻は川瀬一馬・大鹿久義編) ▽石田熊三郎著『伴信友』(1944・春陽堂) ▽河野省三著『伴信友』(1972・若狭史学会) ▽森田康之助著『伴信友の思想』(1979・ぺりかん社)』

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世界大百科事典内の伴信友の言及

【神社合祀】より

…神社を合併整理することで,明治初年と明治末年に政府の手でおこなわれた。維新政府は,1872年の太政官布告で神社を〈国家ノ宗祀〉となし,官社,諸社にわけ,官国幣社,府県郷村社と社格を付与し,村社に指定されない雑社の合併整理をはかった。それは,〈大小神社氏子取調規則〉にもとづく,寺請制を神社にあてはめようとのこころみであったが失敗した。1906年内務省訓令で神饌幣帛料の供進を決定する基準を定め,府県郷村社の整理をうながした。…

【蔵書印】より

…紀州藩士長沢伴雄の〈我死ナハウリテ黄金ニカヘナヽム,オヤノ物トテ虫ニハマスナ。長沢伴雄蔵書記〉,伴信友の〈コノフミヲカリテミムヒトアラムニハ,ヨミハテヽトクカヘシタマヘヤ。若狭酒井家々人伴氏蔵本〉などはよく知られている。…

【長等の山風】より

…史論。伴信友著。2巻,付録4巻。…

【邪馬台国論争】より

…本居のこの論の及ぼした影響は大きく,鶴峰戊申や近藤芳樹らによって本居説は深められ,近藤は,さらに〈熊襲の類〉を,肥後国菊池郡山門郷とする新しい説を提唱した。こうした中で伴信友のみは,邪馬台国大和説を堅持して譲らなかった。しかし,本居説の影響は,明治にも及び,星野恒は,新井説とは無関係に邪馬台国山門郡説を打ち出し,卑弥呼は,山門県の田油津媛の先代の人であろうと論じて,卑弥呼が神功皇后ではないことを明確にした。…

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