金谷長谷村(読み)かなやながさくむら

日本歴史地名大系 「金谷長谷村」の解説

金谷長谷村
かなやながさくむら

[現在地名]大網白里町金谷郷かなやごう

金谷村南西に位置する。長谷村ともいう。寛文八年(一六六八)の鷹場五郷組合帳では金谷組に属する永谷がみえ、旗本小宮山領四〇〇石余。元禄一三年(一七〇〇)より旗本土屋領となり、慶応三年(一八六七)の物成は米六八石余・永九貫一八八文余(「土屋氏知行郷村高帳」山口家文書)。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では家数二九。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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