釜ヶ原村(読み)かまがはらむら

日本歴史地名大系 「釜ヶ原村」の解説

釜ヶ原村
かまがはらむら

[現在地名]美和町大字釜ヶ原

玖珂郡の北東部にあり、岩国藩領最北端の村。北東は小瀬おぜ川を境に安芸国佐伯さえき郡で、西は萩藩領中山なかやま村。他領の間に突き出した細長い村である。寛永二〇年(一六四三)藤谷ふじたに村を分割してできた村で、慶安四年(一六五一)の「御領分村一紙」に村名が出る。

村名は釜と称する穴が岩に穿たれているのに由来し、「玖珂郡志」に次のような説明がある。

<資料は省略されています>

さらに祈雨の方法と、その霊験まで詳しく述べている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む