針原中村(読み)はりわらなかむら

日本歴史地名大系 「針原中村」の解説

針原中村
はりわらなかむら

[現在地名]富山市針原中町

常願寺川西側の平坦地にあり、東は宮成(みやなり)村など。「ハリバラナカ」とも称された(杉木家文書など)。戦国時代越中の武将神保氏の庶子筋にあたる神保一道・同安芸守・同五郎らが居住した神保氏館があったという(越中志徴)。元和五年(一六一九)の三介組借米渡口覚(三辺家文書)に、富山御蔵での請取分として「針原之内中村」は三一俵余とみえる。寛永一七年(一六四〇)の神尾直次等宛新川郡内知行所付状(神尾家文書)によると高三三一石余、免四ツ五歩八厘。正保郷帳では高一千一二一石余、田方七二町七反余・畑方二町余、新田高一七七石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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