鍛冶ヶ一色村(読み)かじがいしきむら

日本歴史地名大系 「鍛冶ヶ一色村」の解説

鍛冶ヶ一色村
かじがいしきむら

[現在地名]西春町鍛冶ヶ一色

法成寺ほうじようじ村の北にあり、北境から西境五条ごじよう川が流れる。寛文一一年(一六七一)には家数五二、男一八六人・女一六三人(寛文覚書)。「徇行記」によれば、田は二二町八反六畝余、畑は二七町二畝余で、概高七四七石余のうち、六六九石余が藩士九人の給知。本郷更屋敷さらやしき(新屋敷)の二区に分れ、同書に「小百姓ハカリニテ佃力足リ、高持多クシテ他村ニ掟ナシ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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