長作森古墳(読み)ちようさくもりこふん

日本歴史地名大系 「長作森古墳」の解説

長作森古墳
ちようさくもりこふん

[現在地名]宇和町清沢

清沢きよさわの西側に接した山林中に、古墳跡状の盛土部分があり、朱の付着した緑色片岩と六花文円座鈕の内行花文鏡(径八・六センチ)が出土している。宇和盆地周辺の古墳出土鏡三例中の古いほうで、南隣の金毘羅山こんぴらやま弥生遺跡に続く古墳文化前期の支配者がこの付近に存していたと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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