朝日日本歴史人物事典 「長谷信篤」の解説
長谷信篤
生年:文政1.2.24(1818.3.30)
幕末明治期の政治家。公卿高倉永雅の子。刑 部 卿長谷信好の養子に入る。号は騰雲,梧園,梧岡。嘉永・安政期(1848~59)は,国事書記御用,議奏加勢,国事御用掛として朝幕問題にかかわった。文久3(1863)年議奏となるが同年8月18日政変で罷免された。慶応3(1867)年議奏に復職,維新政府が成立すると参与,次いで議定。また刑法官事務総督から大津裁判所総督を兼ねる。明治1(1868)年閏4月から8年まで京都府知事。元老院成立で議官となり10年まで勤める。17年子爵。23年貴族院子爵互選議員となる。同院内の研究会派に属した。
(酒田正敏)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報