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長谷信篤 ながたに のぶあつ

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美術人名辞典の解説

長谷信篤

信好の男。従一位、字平啓。号騰雲・梧園梧岡。維新の際参与となる。尋いで参議に任じ大津裁判所総督、京都府知事を経て元老院議官に至り子爵を授けられ貴族院議員に勅選せらる。和歌をよくし書道に長ず。安政勤王八十八廷臣の一人。明治35年(1902)歿、85才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

長谷信篤 ながたに-のぶあつ

1818-1902 幕末-明治時代の公卿(くぎょう),華族。
文化15年2月24日生まれ。高倉永雅の子。平氏西洞院支流長谷信好の養子。安政5年日米修好通商条約調印の勅許に反対した尊攘派(そんじょうは)公卿のひとり。国事御用掛,議奏にすすむが,文久3年の八月十八日の政変で一時失脚。維新後,京都府初代知事,元老院議官,貴族院議員。子爵。明治35年12月26日死去。85歳。号は騰雲,梧園,梧岡。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

長谷信篤

没年:明治35.12.26(1902)
生年:文政1.2.24(1818.3.30)
幕末明治期の政治家。公卿高倉永雅の子。刑 部 卿長谷信好の養子に入る。号は騰雲,梧園,梧岡。嘉永・安政期(1848~59)は,国事書記御用,議奏加勢,国事御用掛として朝幕問題にかかわった。文久3(1863)年議奏となるが同年8月18日政変で罷免された。慶応3(1867)年議奏に復職,維新政府が成立すると参与,次いで議定。また刑法官事務総督から大津裁判所総督を兼ねる。明治1(1868)年閏4月から8年まで京都府知事。元老院成立で議官となり10年まで勤める。17年子爵。23年貴族院子爵互選議員となる。同院内の研究会派に属した。

(酒田正敏)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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