長谷堂貝塚(読み)はせんどうかいづか

日本歴史地名大系 「長谷堂貝塚」の解説

長谷堂貝塚
はせんどうかいづか

[現在地名]大船渡市猪川町 長谷堂

北を立根(たつこん)川、南を中井(なかい)川に挟まれた盛(さかり)川東岸河岸段丘上にある。当貝塚の存在は早くから知られ、宝暦一一年(一七六一)の「気仙風土草」にも獣骨出土の記事がみえている。昭和三〇年(一九五五)以降数回の発掘調査が実施され、その結果、A地点・B地点は縄文時代晩期、中貝塚A地点は縄文時代中期、同B地点は縄文時代中・後・晩期、南貝塚は縄文時代後・晩期、東貝塚A地点は縄文時代中・後期であること、貝層はいずれも小規模であることが判明した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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