隠里村(読み)かくれさとむら

日本歴史地名大系 「隠里村」の解説

隠里村
かくれさとむら

[現在地名]鶴田町廻堰まわりぜき

東は廻堰村、南は廻堰大溜池、北は妙堂崎みようどうざき村に接する。

享保一六年(一七三一)検地帳に田方一五町二反九畝九歩、畑方七町五反四畝一八歩、田畑屋敷合せて二二町八反三畝二七歩、村高一一一・一四四石、百姓一一人と記される。同一二年広須新田の山通に属し、村位は下で免は四ツ成であった(平山日記)。宝暦五年(一七五五)斎藤堅光が藩より大開おおびらき・隠里両村の見継方を命じられた(「斎藤氏由緒書」鶴田町誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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