順慶町一丁目(読み)じゆんけいまちいつちようめ

日本歴史地名大系 「順慶町一丁目」の解説

順慶町一丁目
じゆんけいまちいつちようめ

[現在地名]南区南船場みなみせんば一丁目

順慶町の東端にあり、東は東横堀ひがしよこぼり川。町域は一丁目いつちようめ筋まで、間に箒屋町ほうきやまち筋を挟む二町。町名は明暦元年(一六五五)大坂三郷町絵図にみえる。大坂三郷南組に属し、元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数三八・役数四一役で、うち年寄分・会所分各一役が無役。年寄は炭屋平兵衛。当町の定目録(大阪市史編纂所蔵)は宝暦三年(一七五三)に作成され、安永七年(一七七八)には借屋人に関する規定が追加されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む