…家格は羽林(うりん)家。平安末難波家の祖忠教の子頼輔は蹴鞠一道の祖といわれたが,その孫にあたる飛鳥井家の祖参議雅経(まさつね)(1170‐1221)も蹴鞠に長じ,飛鳥井流の蹴鞠を興す。また雅経は藤原俊成に歌道を学び,《新古今集》の撰者の一人になるなど和歌にもすぐれ,飛鳥井家が蹴鞠,和歌両道の家として繁栄する礎を築いた。…
…また加茂の氏人(うじびと)たちの間には地下鞠(じげまり)がおこなわれた。難波流と御子左流は15世紀にはいって衰えたので,飛鳥井流が家職として蹴鞠道を独占して明治にいたった。蹴鞠(しゅうきく)【鈴木 敬三】。…
※「飛鳥井流」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...