高墓庄(読み)たかつかのしよう

日本歴史地名大系 「高墓庄」の解説

高墓庄
たかつかのしよう

佐波さば川の河口付近、大字伊佐江の大塚いさえのおおつか辺りを領域とした周防国一宮玉祖たまのや神社領の荘園

保延三年(一一三七)九月日の待賢門院庁下文案(東大寺図書館所蔵文書)によれば、安芸権介藤原実明が玉祖社とその社領三ヵ荘を一括して、法金剛ほうこんごう(現京都市右京区)に寄進している。そのうちに、「一処字高墓庄」としてその四至を「東限今打并平井境、南限大河、西限(ママ)大椙、北限湯田下大路」とある。玉祖社を介して法金剛院領となったが、法金剛院側は三ヵ荘を含めた所領として「玉祖社」と扱ったらしい。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 大塚

夏の暑さに体が慣れること。数日から数十日間で起こる短期暑熱順化と、数年または数世代にかけて起こる長期暑熱順化とがある。→寒冷順化[補説]近年では、冷房設備の普及にともない短期暑熱順化が起こりにくくなっ...

暑熱順化の用語解説を読む