高松梅窓(読み)タカマツ バイソウ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「高松梅窓」の解説

高松 梅窓
タカマツ バイソウ


職業
箏曲

経歴
明治期に箏曲の楽譜創作、楽譜による教授法を試みて成功、夕陽丘高等女学校その他の女学校で教授した。昭和2年官命にり音楽教育制度研究のため渡米した。

没年月日
昭和2年 3月12日 (1927年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「高松梅窓」の解説

高松梅窓 たかまつ-ばいそう

?-1927 大正-昭和時代前期の箏曲(そうきょく)家。
箏曲の楽譜を考案し,女学校などで楽譜による集団指導をおこなった。昭和2年音楽教育制度研究のため渡米したが,3月12日ロサンゼルスで客死した。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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