日本歴史地名大系 「高森陣屋跡」の解説 高森陣屋跡たかもりじんやあと 福井県:武生市旧丹生郡地区高森村高森陣屋跡[現在地名]武生市高森町 上陣屋・下陣屋高森の西部にある。紀伊国和歌山藩主徳川光貞の次男頼職に丹生郡のうち宇須尾(うすお)村(現丹生郡宮崎村)以下六三ヵ村三万三三四石余が与えられ、頼職は元禄一〇年(一六九七)当地に陣屋を構えて代官を派遣し、樫津(かしづ)組(大庄屋は樫津村田中甚助)二九ヵ村を除いた三四ヵ村を管轄した。宝永二年(一七〇五)六月、頼職が宗家を継ぐことになったため、一万石余は弟の頼方(のちの吉宗)に与えられ、頼方は丹生郡下糸生(しもいとう)村の葛野(かずらの)陣屋(跡地は現丹生郡朝日町)に兼領させ、残り二万石余は遠江国浜松藩主松平資俊の三男宗長に与えられた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by