鴈曾礼村(読み)がんそれむら

日本歴史地名大系 「鴈曾礼村」の解説

鴈曾礼村
がんそれむら

[現在地名]武儀町富之保とみのほ 雁曾礼がんそれ

津保つぼ川の支流武儀倉むぎくら(雁曾礼谷)の上流部に位置し、東は宮脇みやわき(現上之保村)、南は武儀倉村。雁曾礼とも記す。享和三年(一八〇三)の仮名附帳(蓬左文庫蔵)は「がんぞれ」と訓ずる。元禄郷帳に「上ノ保鴈曾取村」と誤記され(元禄郡高寄帳では鴈曾礼村)、高四四石余。「濃州徇行記」には支邑雁曾礼組と記され、高五七石余、田三町七反余・畑六町八反余・屋敷五反余、家数五五・人数二四五、馬一五。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む