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Raoul Raoul

世界大百科事典内のRaoulの言及

【カロリング朝】より

… フランク王国そのものは,カール3世(皇帝在位881‐887)のとき一時統合されるが,この皇帝はノルマン人対策に失敗した。その間に西フランクでは,ノルマン人のパリ包囲(885‐886)で功績をあげたロベール家(後のカペー家)のウードEudes(在位887‐897)や,ブルゴーニュのラウールRaoul(在位923‐936)が王に選ばれ,この王朝による王位の独占の原則は,早くもやぶれ,ユーグ・カペーの登極によってカロリング朝は終わった(987)。東フランクでは911年のザクセン朝の登場によってこの家系の王・皇帝は絶える。…

【ロベール家】より

…885‐886年ノルマン人の攻撃からパリを防衛して名を挙げたウードEudes伯は,887年のカール3世の廃位後,有力諸侯に推されて国王になり,ここにカロリング体制は事実上終了する。898年ウードの死後,王権は再びカロリング家に戻るが,922年シャルル3世単純王に対する反乱を指導した辺境伯ロベール1世が国王に選出されるが,わずか1年の治世で死去し,彼の婿ブルゴーニュ公ラウールRaoul(在位923‐936)が王位を継ぐ。936年のラウールの死後,有力諸侯の勢力均衡からカロリング家のルイ4世が国王に担ぎ上げられるが,ロベール1世の息子ユーグ・ル・グランHugues le Grandはこの状況を巧みに利用して,943年フランス公の地位を得て,息子ユーグ・カペーの国王選出の礎を固めた。…

※「Raoul」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

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