人間の肉体の運動の連続を規定し,それによって思想または感情を創作的に舞踊として表現すること。これを専門的に行う者を振付者または振付師という。英語ではコレオグラフィーchoreographyというが,これはもともとは舞踊の記譜法を示す言葉で,1700年にフランスのフイエRaoul-Auger Feuillet(1660ころ-1710)とボーシャンPierre Beauchamp(1636-1705)が自らの記譜法を〈choréographie〉と称して発表したのに由来する。その後も舞踊記譜法はさまざまなものが考案され振付が記録された。なかでもロシアのステパノフVladimir Ivanovich Stepanov(1866-96)の楽譜を併用した舞踊譜,ハンガリー生れのラバンのラバノーテーション,イギリスのベネッシュRudolf Benesh(1916-75)とその妻Joan B.(1920- )によるベネッシュ・ノーテーションはその実用的価値が高い。
振付は舞踊の分野で初めから独立した職分とはなっていなかった。古来より舞踊は作法などと不可分のものとして伝承され,それがなんらかの偶然によって変化しながら,民族舞踊,僧院における舞踊,宮中における舞踊などの流れになり,生活の一部となっていたのである。したがって舞踊をとりまとめ演ずる責任を負う者は,その世界の長老格であった。18世紀ころはバレエの振付もバレエ団の長老格であるメートル・ド・バレエがやっており,当時のパリ・オペラ座のメートル・ド・バレエで,《舞踊とバレエについての手紙》(1760)の著者として知られるノベールも,この本の中でメートル・ド・バレエを振付者と同じ意味で使っている。しかしノベールの時代はすでに振付そのものの価値が認められており,その後さらにいっそうその評価が高まってくる。それは劇場が市民によって維持されるようになると,振付者の仕事いかんによって劇場とその付属バレエ団の存続の可否が決まるようになるからである。さらに近代になると創作に従事する者の全般的な地位が向上し,振付は特殊な才能を要する職分としての価値をますます高めることとなる。
振付の実際は,(1)テーマの選定,(2)形式と構成の決定,(3)スタッフ,キャストの指名,(4)肉体の動きの創造(狭義の振付はこの部分のみを指す),(5)スタッフによる側面的効果の必要性の検討,(6)総合的調整作業,という手順で進められる。演劇における台本作家と演出家を一つにしたような仕事が課せられることが多く,振付者は芸術的才能と同時に人間関係を統率する才能をももつことを要求されている。
執筆者:山野 博大
歌舞伎の初期には役者が自分で振り付けるか,舞踊を得意とする役者がつとめていたが,元禄(1688-1704)のころからおもに下級役者が振付師としてあたることになり,宝暦期(1751-64)には,役者や囃子方を兼ねた振付師が,長唄や浄瑠璃の正本にその責任を記すようになる。しかし振付師の立場は役者に従属する補助的なものであった。振りを考案するとともに振りを伝承することも重要な仕事であることから,宝暦期に活躍した中村伝次郎,西川扇蔵,藤間勘兵衛らは市井の踊師匠も兼ね,舞踊の流派はこのころから形成されるようになる。歌舞伎舞踊(所作事)の振付は,詞と曲につかず離れずが理想とされ,佐渡嶋長五郎の《しよさの秘伝》に,〈振は文句に有,文句に生(しよう)なき時は,品(しな)をもってす。又文句なく,節にてのばす時は,拍子にのる。なすわざは所作成が故に,振に誠を本とす。何によらず其所作柄の心を忘るべからず〉とある。
執筆者:板谷 徹
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…それ以前から伝統的に用いられていた言葉として〈節付〉〈手付〉があるが,その基本的な概念は歌詞に〈節(ふし)〉を付けたり,さらに楽器奏法としての〈手〉を付けるというように様式的に拡大していくことが眼目となっている。その延長上には〈振付〉をして舞踊にまでひろげる場合も含まれている。他の類語としては〈作調〉〈調〉があげられる。…
※「振付」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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