1930年製作のフランス映画。チャップリンからもっとも多く学んだ映画作家であることを自他共に認め,〈音〉によって映画芸術が通俗化することを恐れて安易な〈トーキー化〉に反対したルネ・クレール監督のトーキー第1作。ドイツのトビス社がフランスに進出してつくった新しい撮影所で,ロシア生れの美術家ラザール・メールソンLazare Meersonが造形したパリの全景を巧みに仕組んだセットで撮影され,カメラを自在に移動させてパリの下町の庶民生活,その風俗と雰囲気を新鮮に描き出すことに成功した。
トーキーが流行して映画に〈音〉がはんらんしていた当時,例えばけんかの場面に通りすぎる汽車の音やレコードから流れる音楽をいれるなど,〈映像〉と〈音〉の非同時性を対位法的につかって,〈音〉の劇的な,あるいは情緒的な処理の問題を解決した〈トーキー美学の最初の独創的な試み〉として評価されている。〈フランス語のオールトーキー〉のうたい文句で公開されたパリにおいてよりも〈世界でもっとも美しい映画〉の惹句で公開されたベルリンで高く評価され,《デル・ドイッチュ》紙の世界優秀映画投票で《西部戦線異状なし》(1930)を凌駕(りようが)して首位を占めて以来,トーキー最初の〈芸術的勝利〉と賞賛され,ラウール・モレッティRaoul Moretti(1893-1954)が作曲した主題歌とともに世界中で喧伝された。
執筆者:柏倉 昌美
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フランス・ドイツ合作映画。1930年作品。ドイツ系のフィルム・ソノール・トービス社と契約を結んだルネ・クレール監督のトーキー第1回作品で、フランスの初期トーキーの代表作となった。物語は街角の歌手が誤って刑務所に入れられてしまい、出所すると恋人は友人に奪われていたというもので、アルベール・プレジャンAlbert Préjean(1894―1979)が主演し、パリの下町の庶民生活を愛情込めて描いた。ルネ・クレールは実際の物音や台詞(せりふ)を録音するよりも、登場人物たちの大きな身振りを歌声や音楽で見せることに重点を置き、サイレント的な美学を貫いた。パリではあまりあたらなかったが、ベルリン、ニューヨーク、東京(1931年公開で、キネマ旬報ベストテン第2位)など世界各地でヒットした。実際はロシア出身の美術監督ラザール・メールソンLazare Meerson(1897―1938)による精巧なパリのセットが使われたが、外国ではこの映画は長い間にわたってパリのイメージをつくりあげた。
[古賀 太]
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…三伏(さんぷく)峠(2580m)は塩見岳の南西にある赤石山脈の主山稜にある日本の最高所の峠で,1875年に開かれた。針ノ木峠(2541m),ザラ峠(2353m)は,それぞれ後立山,立山山脈中の鞍部であり,1584年佐々成政の両峠越えで名高い。上高地西の中尾峠(2080m),東の徳本(とくごう)峠(2135m)は天保年間(1830‐44)から飛驒街道が通っていたところであり,梓川沿いの道路が1933年開通するまでは上高地への入山者はたいていここを通った。…
※「巴里の屋根の下」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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