Abū'lGhāzīBahādurKhān(その他表記)AbulGhaziBahadurKhan

世界大百科事典(旧版)内のAbū'lGhāzīBahādurKhānの言及

【トルコ文学】より


[チャガタイ語文学]
 ティムール朝(1370‐1506)で用いられたチャガタイ語は,中央アジアからムガル帝国のインドまで広く普及し,詩人アリー・シール・ナバーイーによって完成された。散文においてもムガル帝国君主バーブル(1483‐1530)の回想録《バーブル・ナーマ》,アブル・ガージー・バハードゥル・ハーンAbū’l Ghāzī Bahādur Khān(?‐1663)の《トルコ族の系譜》が,チャガタイ文語の成熟度を示している。
[アゼルバイジャン語文学]
 アゼルバイジャン語はイラン北西部からアナトリア東部に住した東部トルクメン族の文語で,ネシミー(?‐1420ころ),ハタイー(サファビー朝イスマーイール1世の筆名)の宗教詩に始まり,大詩人フズーリーによって,トルコ文学における地位を確立した。…

※「Abū'lGhāzīBahādurKhān」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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