Bahā'al-DīnNaqshband(その他表記)BahaalDinNaqshband

世界大百科事典(旧版)内のBahā'al-DīnNaqshbandの言及

【ナクシュバンディー教団】より

…アブド・アルハーリク・グジュドゥワーニー‘Abd al‐Khāliq Ghujduwānī(?‐1179∥80。1220没ともいう)を創設者として12世紀後半以来ブハラを中心に活動を続け,一般にはホジャ派として知られていたが,14世紀にバハー・アッディーン・ナクシュバンドBahā’ al‐Dīn Naqshband(1317‐89)が出現すると,彼の名にちなんでナクシュバンディー教団と呼ばれるにいたった。教義・修行方法は厳格なスンナ主義,シャリーア主義を貫き,黙誦による心のジクルによって神との合一を目指し,他の諸教団にみられるサマー(音曲などを聞きつつ陶酔境に入る修行方法),遊行,独居といった修行方法を禁じ,あくまで民衆と交わりつつ心の内面を鍛練して高い宗教的境地に達することを目指した。…

※「Bahā'al-DīnNaqshband」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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