飲食物を口に入れたとき感じる感覚を総称していう。その主体をなすものは、味覚細胞を通じて伝えられる刺激によるものであるが、それだけには限らず、嗅覚(きゅうかく)、触覚による感覚も広く味に含まれる。したがって、味覚細胞に感知される呈味成分のほか、香り成分、温度、食品のもつ粘弾性などの食感(テクスチュア)も味の一種として包括されるものである。
味として感じられる成分としては、基本的味primary tasteとその他の味に分けることができる。基本的味は、塩味(えんみ)(鹹味(かんみ))、甘味、酸味、苦味(にがみ)で、四原味とよぶ。また、うま味を加えて五原味ともいう。これらは、味覚細胞によってのみ感知されるものである。その他の味としては、香味、辛味、渋味、えぐ味、収斂味(しゅうれんみ)、清涼味、滑転味、アルカリ味、金属味などがあげられる。香味は香りを嗅覚がとらえて感じる味であるが、その他は、一般皮膚感覚の占める割合が大きい。食べ物の「うまい」「まずい」の判断は、これら味の感覚に、心理的な要素が加わって行われる。とくに各個人の味に対する慣れ、嗜好(しこう)からの心理的判断により左右されることが多い。
[河野友美・山口米子]
塩化ナトリウムつまり食塩を基本とする味で、生理的な嗜好が強い味である。鹹味ともいう。体内には食塩を含む血液などがあり、ほぼ一定濃度に保たれている。この濃度増減により、塩味嗜好が左右される。たとえば、発汗などで塩分が多く失われたとき、塩味の強い食物をうまいと感じる。また習慣により、つねに塩味の強いものを食べているときは、塩味の強いものでないと、うまいとは感じない。また女性では、生理後期に、嗜好する塩味の濃度がやや高まる。塩味が感知できる閾値(いきち)は、食塩の場合0.075%程度で、これ以下だと甘味を感じる。塩味には、ほかの味を増強して味覚に感じさせる力があり、これを対比効果とよんでいる。この効果が発揮されるのは、うま味あるいは甘味に対し少量の塩味が加わったときで、吸い物のうま味、汁粉の甘味はこの応用である。また天然の食品材料にはほとんどのものに、うま味あるいは甘味成分が含まれており、塩味を加えることでそれらの味が増強される。塩味が料理の味の基本とされるのは、このような味覚に対する関係があるためである。
[河野友美・山口米子]
甘味は、砂糖をはじめ多くの糖類のもつ味で、塩味と同じく、生理的嗜好の強い味である。多くの動物がうまい味として好む。ほかの味では、おいしいと感じる濃度幅が限られているのに対し、甘味だけは濃度にかかわらずおいしいと感じる。甘味の感覚は、成人では男より女が、また年齢では成人より子供が鋭敏であり、その識別閾値は、ショ糖の場合、成人が平均1.32%であったのに対して、子供では0.68%と、約半分の濃度でも感知しえたという報告もある。甘味は、酸味、苦味などに対し抑制作用がある。これらの味に甘味が加わると、味が柔らかに感じる。また甘味は、アルコールなどの強い刺激味や味覚に不快な感覚を与える味、においなどに対しても、それを隠す作用がある。内臓やくせのある魚や肉類、あるいは雑多な材料を使用した加工食品などに甘味を用いるのはこの作用の応用である。甘味を呈する物質は、糖類だけでなく、人工甘味料として使用されている化学物質をはじめ、天然物のなかにも多数存在する。
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酢、柑橘類(かんきつるい)などに含まれる有機酸に代表される味で、塩味、甘味などのような生理的な味とは異なり、どちらかというと感情によって味覚が支配される情緒的な味として分類することができる。酸味は、解離して水素イオンを生ずる物質によって味覚が感じる味で、酸味物質は酸類として広く存在する。酸味は、緊張感のあるとき味覚の鋭敏度が低下するが、半面、緊張感やストレスの緩和に役だつ。爽快(そうかい)な気分が酸味によりもたらされるのはそのためである。また、塩味やアルコールの味を和らげる作用もある。その結果、料理の味に深みを与える効果がある。酸味物質により閾値にはかなりの差があるが、一例を示せば、酢酸0.035%、クエン酸0.063%などである。
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味覚にとって、もっともなじみにくい味で、繰り返しの学習効果により、そのうま味を習得することが多い。子供が苦味に対し強い拒否反応を示すのはこのためである。苦味を示す物質としては、カフェイン、ニコチン、キニーネをはじめとして、いわゆる嗜好性食品であるコーヒー、チョコレートや、香辛料などのなかに存在する。物質の種類としては、無機質ではマグネシウムやカルシウムなどの塩類、有機物としてはアルカロイド、配糖体、胆汁酸などがあげられる。また、焦げて一部炭化し始めたものも苦味を呈する。少量の苦味は料理や食品の味に深みを与え、おいしくする効果をもっている。香辛料などは、そのなかの苦味が利用されるものの例である。また苦味は、甘味によりその強さが緩和される。四原味のうち苦味がもっとも閾値が小さく、微量でも感じる。また、うまいと感じる許容濃度幅が小さい。したがって、苦味物質の使用にあたっては、その使用量に細かい配慮が必要である。
[河野友美・山口米子]
うま味は、昆布、かつお節、シイタケなど、通常だしとして使われる味の成分である。主としてグルタミン酸と核酸系物質により呈される味である。天然品のなかにはうま味物質をもつものが多い。天然のうま味成分を人工的に取り出したものがうま味調味料で、だし用や食卓用がある。うま味成分の種類からはアミノ酸系、核酸系などがある。
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ドイツの心理学者ヘニングHans Henningは、四原味primary tasteがあり、これが味の四面体をなしていると唱え(1916)、現在この説が支持されている。ヘニングによれば、すべての味はこの四面体のどこかに位置しているという。そして、これらの味はいずれも、舌に分布する味覚細胞により、化学的刺激を受けて感じるものとされている。
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特殊な物質の味を感じない味覚を有する場合を味盲とよんでいる。しかし味盲は、特定物質のみについてであり、一般の食物に存在する味に対してはまったく正常である。したがって、味盲であっても、調理など味に関する仕事に対してなんら支障はおこらない。味盲現象をもつ物質は、PTCすなわちフェニルチオ尿素とよばれるもので、1932年にアメリカのフォックスA. L. Foxによりこの現象が発見された。このほかp(パラ)-エトキシフェニルチオ尿素なども味盲現象をもつ。これらの物質は強い苦味をもつが、味盲の場合それが感じられない。味盲は日本人で約10%、欧米人で30%程度あるといわれる。以上に記した味は、味覚細胞に直接感知されるものである。
[河野友美・山口米子]
ほかに、原味に別の刺激が加わったもの、および粘膜などに対する物理的な刺激などにより生ずる味がある。
辛味は、強い粘膜刺激により、ひりひりするような熱感をもつものである。わさび、からしなどに代表される味である。日本語では、塩辛味と混同されやすいが、まったく異なる味である。辛味の刺激で、不快な味を判別できなくなるので、くせのある飲食物には、辛味成分をもつ香辛料が使われる。
渋味は、舌粘膜の収斂によりおこるもので、タンニン系の物質によって生じる。渋柿(しぶがき)、茶などの味が代表的なものである。
えぐ味は、タケノコ、サトイモなどの野菜や、山野草に含まれる、一般に「あく」と称される物質の味である。無機質、配糖体、タンニン類、有機酸などの混合による味である。収斂味もこのえぐ味の一種と考えてよい。
清涼味は、炭酸を含む飲料、ミント(はっか)、酸味、冷温などによって生じる味覚で、さっぱりした感覚が与えられる。
滑転味は、油脂やその乳化物、あるいはコロイド状物質を口に含んだときに感じられる味で、特有の滑らかさを感じさせる。
アルカリ味は、一種の寝ぼけたような、またぬるぬるとした感覚の味で、味覚にとってはまずさを感じる。納豆の発酵過剰、魚や肉などが時間経過により、アンモニアや、アミンなどアルカリ物質を生じたときに感じる。
金属味は、いわゆる金くさい味とよばれるもので、鉄分を多く含む水などにこの味がある。この味があると食物はまずくなる。
[河野友美・山口米子]
食べた後に残る味で、一般に味の消去の遅れる呈味成分、舌の粘膜に付着しやすい成分などが後味として感じられることが多い。とくに、苦味や収斂味にこのようなものがある。食物は、後味のよいものがおいしく感じる。
[河野友美・山口米子]
とくにはっきりした味が存在せず、融和し調和のとれたという意味で、文学的表現として用いられることが多い。
[河野友美・山口米子]
味は、温度により感じ方に差がある。甘味は、食物が体温近くの温度であるときもっとも強く感じ、塩味は温度が下がるほど強く感じる。苦味は体温程度の温度より下で、急速に苦味を増し、酸味はほぼどの温度でも感じ方は一定である。ただし、酢のように酢酸を含むものは、温度が高くなると酢酸の蒸発により強い刺激が出て、酸味が強いといった感じに受け取られやすい。このように、四原味それぞれに温度による感覚が異なるので、ある温度でバランスのとれた味に感じた食物も、温度が変わると大幅に味が変わる。
[河野友美・山口米子]
『河野友美著『味の文化史』(1997・世界書院)』▽『日本味と匂学会編『味のなんでも小事典――甘いものはなぜ別腹?』(講談社・ブルーバックス)』