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「アテネ」のページをご覧ください。
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…非常時には最後の根拠地となるが,全市民を収容するため町全体にも城壁が巡らされるにつれて,軍事的よりも宗教的・精神的な中心となった。代表的なのはアテナイのもので,周囲から60m余の高さの石灰岩の急こう配の丘。西側だけに登り道があり,頂上の台地(南北150m,東西300mほど)が防壁で囲まれ,守護神アテナの聖地となっていた(図)。…
…神話では,ゼウスとその最初の妻メティスMētis(思慮の女神)の娘とされ,メティスから生まれる男子は父の王座を奪うだろうとの予言におびえて妊娠中の妻をのみ込んだゼウスの額から,すでに成人し,武装した姿で飛び出したという。彼女の崇拝の中心地であったアテナイとの関係については,かつて彼女と海神ポセイドンがこの町の領有を争ったおり,海神が三叉の矛を一撃してアクロポリス上に馬(一説では塩水の泉)を出現させたのに対して,彼女はオリーブの木を生じさせた。これを見た神々は後者の方が住民に有益な贈物と判定し,アテナに軍配をあげたので,以後この町は彼女の庇護下におかれ,その名もアテナイと呼ばれるようになったと伝えられる。…
…人口は1991年現在,アテネ市78万4000,近郊を含む大アテネ310万を数える。古代ギリシア語ではアテナイAthēnai。その都市としての起源は古代にさかのぼり,今日なお往時の遺跡を豊富に残している。…
…彼らはしだいに海上に進出してエジプトやメソポタミアの文明,ことにミノス(クレタ)文明を採用して前1600年ころには高度な青銅器文明をつくりあげた。これがミュケナイ文明で,これをつくりだしたギリシア人の支配層は,壮大な城砦と巨大な穹窿墓(トロス)を築き,戦車を駆る貴族層で,その中から卓越した王が,ミュケナイ,ティリュンス,ピュロス,オルコメノス,アテナイなどの城砦の中に華麗な壁画をもつ王宮を営んでいた。前15世紀にはミュケナイ勢力はミレトス,メロス,クレタ,テラ(サントリニ)に及んだ。…
…共同体成員の移住を伴った例はスパルタで,ラコニア地方を平定したスパルタ人は,前8世紀中葉スパルタに集住してヘイロータイとペリオイコイを支配するスパルタ人共同体を構成した。移住を伴わずにポリスを形成した例はアテナイで,アッティカにはミュケナイ時代には王政のもとにいくつかの村落共同体があったが,暗黒時代に王政は衰え,ほとんど独立の村落がいくつもあった時代に,貴族と平民の分化した段階で,村々の貴族層がアテナイに共同の評議会(アレオパゴス会議の前身だったであろう)を構成することによってポリスが成立したと推定される。それはミュケナイ時代の英雄テセウスの事業に帰せられたが,実際は暗黒時代を通じて独自の評議会や役人をもつに至った村落共同体が,貴族と平民の対立の中で,有力ポリスたるアテナイを中心として平等の立場で結合する長期にわたる一連の発展過程の末に成立したものであったに違いない。…
…前477年,アテナイを中心にエーゲ海域のギリシア諸市が結成した対ペルシア攻守同盟。当初,同盟本部がデロス島に置かれたことから,後世この名で呼ばれた。…
…
【西洋古代】
奴隷の人格否認が最も徹底したのは,奴隷制社会を生み出した古典古代においてであった。ギリシアのアテナイでは奴隷は〈生きた道具〉とされ,ローマでは〈話す道具〉とされた。このような身分が初めて生み出されたのは,原始共同体の段階においてであったが,戦争捕虜を多数殺さずに奴隷として生かしておくことが常例となったのは,奴隷を生かしておくだけの富がその社会の一部に蓄積され,しかも奴隷を働かせて富や権威を増やすだけの労働対象が蓄積されるという段階においてであった。…
…奴隷制度は古代アジアにも,中世初期のゲルマンやスラブの社会にも,近代アメリカの黒人奴隷プランテーションにも見いだされるが,それらを直ちに奴隷制社会と規定することは不正確のそしりを免れない。今日の奴隷制研究の水準から見ると,古典期アテナイ社会,共和政後期から帝政前期までのローマ社会は,奴隷制社会と規定することができる。前者においては小規模家内奴隷制が中小農民の大部分にまで浸透し,その農業生産の基盤となっていたという理由で,後者においては小規模家内奴隷制と並んで,大規模な奴隷制大所領が発展し,農業生産の主要な経済制度が奴隷制度になっていたという理由で,奴隷制社会と規定しうる。…
…〈全アテナイの祭〉という意味。古代ギリシアのアテナイにおける最も重要な祭典。…
…前431年から前404年にかけて,アテナイを盟主とするデロス同盟と,スパルタを中心とするペロポネソス同盟とが,古代ギリシア世界を二分して戦った大戦争。
[原因と経過]
前435年,ギリシア本土北西岸の植民市エピダムノスの党争をきっかけにコルキュラとコリントスが対立し,前433年,両市の戦いに際しアテナイがコルキュラ救援軍を送ったことにより,アテナイとペロポネソス同盟の有力市コリントスとが争うようになったのが戦争の直接の原因であるが,ペリクレスの指導の下にデロス同盟の盟主としてギリシア随一の勢いを示すアテナイに対し,スパルタが不安と反感を抱くにいたったところに,その遠因があったと考えられる。…
※「アテナイ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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