アディアフォリスト論争(読み)アディアフォリストろんそう(その他表記)Adiaphoristic Controversy

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アディアフォリスト論争」の意味・わかりやすい解説

アディアフォリスト論争
アディアフォリストろんそう
Adiaphoristic Controversy

16世紀にカトリックと妥協する際に adiaphoraというテーゼをめぐって戦わされたプロテスタント内部の一論争倫理または宗教に関するある種の教えや実践救済に無関係 adiaphoraとされるが,1548年のライプチヒ宗教協定で P.メランヒトンらの後期ルター派は政治的にカトリックと妥協するため,救済は信仰のみによるとのプロテスタントのテーゼのうち「のみ」は adiaphoraであるとした。これをめぐって激烈な論争が M.フラキウス・イリリクスらとの間に展開されたが,55年のアウクスブルクの宗教和約で事実上終焉した。

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