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宗教 しゅうきょう religion

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7件 の用語解説(宗教の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

宗教
しゅうきょう
religion

ラテン語の relegere (再読する) ,または religare (つなぐ) に由来するとされている。日本語の「宗教」は古くから漢訳仏典にあったものを,明治に religionの公式訳語として採用して以来広まったもの。

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知恵蔵2015の解説

宗教

学術用語としての宗教の定義は学者の数だけあるといわれ、統一した見解があるわけではない。事典類によると、神仏などの超自然的存在に対する信仰、教義、儀礼、組織などをもって宗教と定義している。しかし、宗教と呼ばれる現象が多様化し、しかも宗教と宗教でないものとの境界線があいまいになってきた現在、改めて定義し直す必要がある。最も包括的には「宗教とは、本来自明ではない超自然的な存在に関わる事柄を、自明なものに変換し、人々をそのように振る舞わせる社会的装置である」と定義できよう。神仏を始めとする超自然的存在は、本来自明(当たり前)ではない。しかし信者はそれを自明のものと考え、改めて疑うこともせず、また時として、その存在について問わないことを強いられる。さらに信者は日々の生活や儀礼を通して、超自然的存在が自明のものであるかのように振る舞う。このように、人々の信念や振る舞いを方向づけるものとして、人間が作った仕組みが宗教である。

(岩井洋 関西国際大学教授 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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デジタル大辞泉の解説

しゅう‐きょう〔‐ケウ〕【宗教】

religion》神・仏などの超越的存在や、聖なるものにかかわる人間の営み。古代から現代に至るまで、世界各地にさまざまな形態のものがみられる。→原始宗教民族宗教世界宗教

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百科事典マイペディアの解説

宗教【しゅうきょう】

一般に宗教とは,超自然的な力や存在に対する信仰と,それに伴う儀礼や制度をいう。英語religionなどの語源はラテン語religioで,〈神への崇敬・畏怖〉が原義であり,religare(強く結びつける)に由来すると考えられる。

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世界大百科事典 第2版の解説

しゅうきょう【宗教 religion】


【宗教をどのように考えるか】
 1970年代のことであるが,月面に立ったアメリカ宇宙飛行士12人のうち3人までが,地球に帰還したのち宗教的な仕事に就いた。神にふれた経験を語り,心霊科学に関心を寄せるようになったのである。彼らはおそらく原始人類がこの地球上で感じたであろう恐怖と神秘とを,宇宙空間で体験したにちがいない。ところで,第2次世界大戦期におけるナチズムによるユダヤ人迫害はよく知られているが,強制収容所での組織的集団虐殺は1940年からの5年間に600万人に達したという。

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大辞林 第三版の解説

しゅうきょう【宗教】

神仏などを信じて安らぎを得ようとする心のはたらき。また、神仏の教え。
経験的・合理的に理解し制御することのできないような現象や存在に対し、積極的な意味と価値を与えようとする信念・行動・制度の体系。アニミズム・トーテミズム・シャーマニズムから、ユダヤ教・バラモン教・神道などの民族宗教、さらにキリスト教・仏教・イスラム教などの世界宗教にいたる種々の形態がある。 〔「哲学字彙」(1881年)に英語 religion の訳語として載る〕

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宗教
しゅうきょう
religion 英語 フランス語
Religionドイツ語

世界には日常の経験によっては証明不可能な秩序が存在し、人間は神あるいは法則という象徴を媒介としてこれを理解し、その秩序を根拠として人間の生活の目標とそれを取り巻く状況の意味と価値が普遍的、永続的に説明できるという信念の体系をいう。この信念は、生き生きした実在感をもって体験として受け取られ、合理的には解決できない問題から生じる知的、情的な緊張を解消し、人間に生きがい、幸福を与える役割を果たすものとして期待されている。また、信念を同じくする人々が、教会、教団とよばれる共同体を形成する。[柳川啓一]

構造

前述の定義に含まれているように、宗教という信念体系は、存在の秩序の象徴(宗教思想)、宗教体験、宗教集団という要素からなり、さらに、信念を表す行為が定式化されて、非日常的な神聖な行為として宗教儀礼、祭礼となり、一方、してはならぬ行動は戒律となり、信念を日常生活において実践する宗教倫理が課せられる。哲学、道徳、ナショナリズム、共産主義のようなイデオロギーや社会運動、ときには「ゴルフが彼の宗教」というような趣味までが、宗教の役割を代用することがある。しかし、これらは宗教「的」という比喩(ひゆ)にとどめないと、宗教の概念が広がりすぎる。
 宗教のいう存在の秩序というものは、きわめて一般的、普遍的、包括的なものであって、ユダヤ教、キリスト教、イスラムのように、万物を創造し、固有の意志をもった人格的存在としての神を中心に置くものと、仏教、儒教、道教のように、法、理、道という抽象的、非人格的な原理、法則を根底に置くものとに分かれる。すでに原始宗教のなかにも、霊魂という人格的存在の信仰のアニミズムと、呪力(じゅりょく)という非人格的力の観念によるマナイズムの区別がある。もちろん両方の共存もありうる。ギリシアの古代宗教、日本の神道(しんとう)の場合など、人格をもった神々が崇拝されるとともに、これらの神々も従わざるをえない運命とか、天地自然の道という法則が予想されている。
 こうした究極的な存在から発して、時間および空間をいかに象徴的に把握するかということも宗教思想の重要な要素である。天国と地獄という空間の構造、仏国土、神国という発想はしばしば認められ、自国を神聖とするナショナリズムとも結びやすい。時間の観念はいっそう豊富に展開し、祭りにおけるように、日常的、世俗的な時間が中断して、非日常的、神聖な時間が訪れる。原始古代宗教においては、それは神話の時代が再現することであった。世俗と神聖の2種の時間がリズムをなして交替する。こうした繰り返しは時間観として円のような永劫回帰(えいごうかいき)の思想ともなる。一方、時間を直線的に考え、ある破局的状態を経て別の世界が現れると説くこともある。こうした発想は終末観とよばれ、世俗的な革命のイデオロギーにも影響を与える。
 宗教共同体は、家族、民族、地域集団のような他の目的をもった集団と合致することもあり、信仰の維持、発展のために、同信者だけの集団すなわち教団がつくられることもある。キリスト教の教会、仏教の僧伽(そうぎゃ)、イスラムのウンマのような宗教共同体は、理念としては世俗の権威にかかわりない共同体として結ばれた。こうした超越性が人間の精神活動に与えた影響は大きい。[柳川啓一]

機能

宗教の定義というものは困難であり、さまざまのものがあるが、その人の宗教の理解の仕方によって分かれる。神観念を強調すると、宗教行動の志向する象徴を重視したものとなり、畏敬(いけい)、神聖感、絶対の随順という感情を目印とするものは、実在感を味わう宗教体験を基礎としている。教団によって支えられた教説、ドグマをおもに宗教とみる見方は、社会的側面からみた意味が含まれている。
 宗教を人間の行動の側からみると、宗教の機能ということが強調される。冒頭にあげた合理的には解決できない問題から生じる緊張の解消ということは、このことにかかわる。経験的、科学的にみて効果のある働きと違って、宗教は象徴的効果をもって作用する。これを非合理的とよんでよい。葬式というのは、死体の処理という手続ではなく、死者を無事にあの世に送る意図であるとすれば、その効果は経験的にはわからないものである。このため、宗教は科学以前の不合理な行動様式とみなす立場もある。一方、死者をあの世に送るということは、表向きのたてまえであり、実際には、親しい者を失った悲しみを少しでも解消しようとする働きをもっているともいえる。この場合、宗教的行動は合理的行動と共存するものであり、合理的行動によっては解決できない種類の問題が残る限り、宗教の機能は存続するという立場もある。後者に従えば、情緒的緊張を解消する効果があるとする。
 さらに、なぜ死んだかということが、科学的に原因が明らかになったとしても、死の意味については、別の次元で問題として残る。こうした知的緊張が、神とか運命という存在の秩序と関連して説明されることにより解消する。これは「意味の問題」に答える機能である。
 一般的にみれば、科学技術、あるいはそのほか社会制度の発展によっても完全に克服することのできない困難として、知的把握を超えた未来への不安、感情的に堪えうる限界を超えた精神的・肉体的苦痛、悪人が栄え、善人が虐げられるというような、抱いている期待と実現した現実との間には道徳的に納得しがたいずれがあり、不安、苦、悪として残ってゆく。神が存在するのになぜこのようなことがおこるのかという神義論もおこり、宗教の取り組む人間の問題はなくならないように思われる。[柳川啓一]

起源

かつては、現存する未開部族のなかには宗教をもたないものがあるかのように説かれたことがあったが、これは、報告者の宗教観の枠から判断した誤解であった。先史時代の埋葬法、洞窟(どうくつ)壁画、女神像からみても、原始人がなんらかの霊魂観、呪術(じゅじゅつ)観念、神観をもっていたことは明らかである。このように宗教が人類とともに古く、また普遍的であるとすれば、いかにして宗教をもつようになったか。宗教起源論は、恐怖からとか、親愛の念からとか、心理的(心理学的でなく)推測を加えながら、19世紀後半になると、進化主義の理論と原始民族の信仰の資料に促されて、その研究が活発となった。超自然力をもった呪物(フェティッシュ)の崇拝、フェティシズムを最古の宗教とする説を最初として、インド、ヨーロッパの神話に自然神が多いところから、自然崇拝説、霊魂の信仰を起源とするアニミズム説、さらに、アニミズム以前に古い形の信仰があるとするプレアニミズム論のなかでは、超自然的、非人格的な呪力(マナ)の崇拝があるという説が有力であった。また人間と動植物の親縁関係を示すトーテミズムを呪力信仰から解釈したうえで、宗教の原初形態とする説も出た。あるいは、物質文化の貧しい未開部族のなかに、人格をもった唯一神の信仰が多いという証拠に基づいて、原始一神教説も唱えられた。
 現在からみると、これらの説は単純な観念から複雑な観念へという仮説によるか、物質文化に基づいた主観的な歴史解釈に基づいて、実証的根拠に乏しいが、宗教の理論のうえには大きな収穫となった。すなわち、人間が経験によって、いかにして超経験的な宗教的象徴を認識したかというプロセスを研究したことになった。タイラーは、夢と死の経験から、目に見える肉体のほかに、見えない存在があり、夢では一時的に肉体を離れ、死において永久に身体から離れる「霊魂」を想定するようになったと推理した。このアニミズム理論においては、宗教的象徴は、夢と死の原因の誤った解釈から生じたものとみている。またデュルケームのトーテミズム起源説は、集団感情の高揚から宗教的象徴が生まれ、集団表象として個人を超越して存在すると述べている。フロイトがトーテミズムを父親殺しと解し、そこに宗教の始まりをみいだしたことは、実証的にはまったく支持できないが、家族関係が象徴化されたものと、神観念との関係を分析している。シュミットの原始一神教説は、原始時代の神の啓示というカトリックの主張の実証であった。こうして宗教起源論はそれぞれの立場においての宗教本質論とみることができる。[柳川啓一]

発展段階

進化主義に基づいた段階論、アニミズムから多神教を経て一神教に至るとか、自然宗教から倫理宗教へという過程は、実証的根拠が薄い。しかし、あらゆる宗教をそれぞれの個性に基づいて並列的に扱うことも一方の極端となる。宗教の歴史的発展段階をある程度たててみるとすれば、原始宗教、古代宗教、世界宗教、近代社会における宗教というように分けることができよう。
 原始宗教、あるいは現存の未開民族の宗教は、社会構造と一体化している。未開社会は、出生と婚姻による親族組織の秩序によって支えられており、宗教は、親族、氏族、部族の単位を結び付ける精神的統合の役割を果たしている。体系化された教義をもたず、神話によって信仰が表現され、神観念はきわめて流動的である。宗教生活の中心は、季節と結び付いた生産および人生の各段階と結び付いた祭りである。
 都市が建設され、部族が統合して政治的には統一が進む古代国家においても、宗教はそれほど質的にはかわりがない。神々の性格は明らかになり、政治的勢力関係を多分に反映して、神話が体系化される。祭儀もまた整えられ、専門の祭司階級が生まれる。とくに支配階級と宗教との結び付きが強く、国王が神そのもの、あるいは神の子孫とみなされることが多い。
 世界の四大文明地域でこうした知的停滞を破る革新運動が相次いでおこった。インドのウパニシャッド哲学(前9~前6世紀)、イスラエルの預言者の活躍(前8~前7世紀)、中国の孔子をはじめとする諸思想家の活動(前6~前5世紀)、ギリシアにおけるタレスからソクラテス、プラトンに至る哲学の発生と展開(前6世紀以降)がある。
 中国とギリシアの場合は哲学的、インドとイスラエルは宗教的な運動であり、ギリシアとイスラエルは自己の外に超越的な原理をたて、インドと中国は自己の内面の問題の追求という違いはあるが、世界宗教の発生の先駆としてもきわめて重要である。ウパニシャッド哲学がブラフマン(梵(ぼん))を宇宙の最高原理として、法則的な秩序の象徴を確立し、イスラエルの預言者が神の意志による存在秩序を強調した。どの場合においても、マックス・ウェーバーのいう合理化であり、神話、呪術から宗教、哲学を解放したものである。また現世的秩序を批判する根拠を得たことにもなるので、政治と宗教を分離するきっかけともなった。
 こうした流れのもとで、釈迦(しゃか)、イエス、ムハンマド(マホメット)という開祖をもつ著明な三つの世界宗教が生まれた。紀元前5世紀にヒンドゥー教から出た仏教、1世紀にユダヤ教から分かれたキリスト教、7世紀にアラビアの民族宗教からユダヤ教とキリスト教に刺激されて生まれたイスラムがこれである。儒教、道教、ヒンドゥー教、ユダヤ教も世界宗教に数えられるが、民族宗教的色彩を脱しきれず、大きく他民族へは進出しなかった。また、ゾロアスター教、マニ教は他宗教との抗争に敗れた。これに比べて仏教、キリスト教、イスラムは、超国家的、超民族的な宗教共同体を基礎として、活発な伝道活動を行い、内部では大乗仏教と小乗仏教、ローマ・カトリックとギリシア正教、スンニー派とシーア派という分裂を起こしながら、世界各地に発展していった。
 人間の思想史上に世界宗教が与えた衝撃は、その「現世否定」の考え方である。現世否定は、現世を逃避して来世をこいねがうという単に消極的な意味ではなく、むしろ徹底的な否定のできる根拠としての超越的原理を獲得したこと、家族、国家という地上の権威に縛られない思想が出現したことである。現実に対して順応的であるとみられる儒教においてさえも、政治の現状に対する超越的な批判の軸をもっていて、しばしば為政者から迫害を受けた。
 中世、とくに12、13世紀にはトマス・アクィナス、アル・ガザーリー、朱子、鎌倉仏教のような思想の体系化、深化が進んだが、一方、制度としての教団が、自ら世俗の権威となる危険を絶えずもっていた。[柳川啓一]

近代社会における宗教

近代社会が展開する起点となるのに宗教の力は大きかったといわれる。マックス・ウェーバーは、近代資本主義制度に先行して、この世の職掌の意味を積極的にとらえるプロテスタンティズムがあったという。ピューリタニズムとデモクラシーの深い関係も、イギリス、アメリカにおいてみられる。また一方では、キリスト教は、南北アメリカ、アフリカに分布を広げ、イスラムが中部アフリカ以南に進出したのも近代に入ってであった。しかし一方、制度、文化の分化がいよいよ進んで、宗教は、芸術、道徳、教育、政治という分野から分かれるようになると、宗教の、とくに教団の影響力が薄らぎ、世俗化という現象を引き起こした。啓蒙(けいもう)思想、人間主義、科学の発展が宗教の真理性に対して絶えず疑いをもち、さらに、社会主義の一部のように、宗教の保守的な社会的機能を攻撃して、反宗教を唱えるイデオロギーも現れた。
 こうしたなかで、宗教は社会慣習と密着し、また近代文化のひずみを批判して、その独自の領域を防衛することにいちおう成功した。ことに近代の宗教は、来世など死後の世界とかこの世からの逃避でなく、現世の問題に積極的に立ち向かうという方向を示している。[柳川啓一]

日本の宗教

日本の宗教はやや特殊な形をとっている。仏教、儒教、キリスト教という外来の世界宗教を受け入れながらも、民族宗教としての神道もまた絶えなかった。その理由の一つは、信仰の共同体が家族とか村という集団と合致していることである。仏教は「世間虚仮(こけ)、唯仏是真(ゆいぶつぜしん)」(聖徳太子)という否定の論理の衝撃を日本人に与えながら、その後、家の宗教となることにより、超越的原理を失い、家の存続の象徴である祖先崇拝にかわってしまった。宗教自体の目的よりは集団の目標が優先する価値体系となっている。したがって、個人の信仰を強調するキリスト教は、量のうえでは大きな発展は遂げなかった。
 神道も仏教も、補完的に両方を信仰することも矛盾ではない。また、生活慣習と密着しているため、意識的には宗教と思っていなくても、日本人一般はきわめて宗教的であるとみなされる面がある。こうした状況を、現在の都市化という社会現象と、新宗教の「教会」を軸とする宗教とが掘り崩すとすれば、日本の宗教状況は大きな変動を起こすと思われたこともあるが、現在は、新宗教も既成化する傾向があり、安定している。[柳川啓一]

宗教の未来像

宗教の未来については、現代社会をいかにとらえるかによって見解が大きく二つに分かれる。一つは、近代以降のいわゆる先進社会が歩んできたように、工業化への道がいよいよ全世界的な規模で進められるとすれば、農業を主とする伝統社会が崩れ、人口が都市に集中することになろうという予想のうえにたつ。人間の考え方は、個人主義と合理主義のほうに向かい、宗教、ことに既成宗教はその影響力を失い、非宗教化、脱宗教化現象が強くなるであろう、という見通しである。こうした「神は死んだ」という時代に直面して、宗教は一部の人々にとっての必要物としては残るが、全面的に後退する。宗教の「近代化」を唱える立場は、こうした認識のうえにたって、教団組織の再編成を図り、また、科学主義、実存主義、人間主義などへの適応、調和を図っていかねばならないとする。
 もう一方の立場は、経済中心の工業化社会は、資源の浪費、環境の破壊、精神の荒廃、先進社会と後進社会の格差を生んだので、大きな転換を迫られ、近代化の傾向がそのまま続くことはないだろうという推測のうえにたつ。宗教は個人の生活倫理中心であることをやめて、もっと原始的なエネルギーをもった、ある意味では復古的な形になるであろうと、この立場からは予想する。呪術に対する関心の復活などは、一時的ブームにせよ、その現れである。もっと著しい流れとしては、神秘主義への関心であり、心の内面を探求して宇宙とか自然と一体化する体験を重要視する。消極的、逃避的とみられていた東洋の宗教に対する関心が高まっているのも、近代の宗教のもつ「世俗に対する関心と批判」という特徴に対する疑いから出ているところもあろう。
 宗教がより近代化した形で続くか、反近代的な様相を示すかは軽々しく断定することはできないが、いずれのほうからも、従来の宗教のあり方が大きく転換を迫られていることは事実である。[柳川啓一]
『W・R・コムストック著、柳川啓一監訳『宗教――原始形態と理論』(1976・東京大学出版会) ▽阿部美哉・柳川啓一著『宗教理論と宗教史』(1985・日本放送出版協会)』

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