現代外国人名録2016 「オトー・ドフクルカ」の解説
オトー・ドフ クルカ
Otto Dov Kulka
- 職業・肩書
- 歴史学者 ヘブライ大学名誉教授
- 国籍
- イスラエル
- 生年月日
- 1933年
- 出生地
- チェコスロバキア・チェコ東部ノヴィー・フロゼンコフ(チェコ)
- 経歴
- ユダヤ系の父エーリヒと母エリーの間に生まれる。1942年テレージエンシュタットのゲットーに収容された。翌’43年母エリーとともにアウシュヴィッツ第2収容所ビルケナウへ移送され、同収容所の「家族収容区」に収容される。このとき多くの親族を収容所で亡くす。’45年1月ソ連軍の進攻を間近にしたナチスが強制的に収容者を移動させた「死の行進」を、父エーリヒとともに経験する。その際、父と脱走を果たし、チェコへ戻る。’49年単身イスラエルへ移住。初めはキブツで農業に従事するが、のちにユダヤ史の勉強を始め歴史学者となる。ヘブライ大学名誉教授。著書に「死の都の風景―記憶と心象の省察」など。
出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報