カラジョルジェビチ家(読み)からじょるじぇびちけ(その他表記)Karadjordjevići

日本大百科全書(ニッポニカ) 「カラジョルジェビチ家」の意味・わかりやすい解説

カラジョルジェビチ家
からじょるじぇびちけ
Karadjordjevići

近代セルビアおよびユーゴスラビア王家。第一次セルビア蜂起(ほうき)の指導者カラジョルジェを創設者とするが、彼は正式の公になっていない。19~20世紀初頭にかけてのセルビア史は、もう一つのオブレノビチ家との王位をめぐる対立抗争で彩られている。カラジョルジェの後、王位についたのはその息子アレクサンダル(セルビア公、在位1842~1858)。ついでペータル1世(セルビア国王、在位1903~1918、ユーゴスラビア国王、在位1918~1921)、アレクサンダル1世(在位1921~1934)、ペータル2世(在位1934~1941)と続いた。ただしペータル2世は、1945年にユーゴスラビア連邦人民共和国が宣言されるまで、形式的に国王であった。

[柴 宜弘]

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