ザイド朝(読み)ザイドちょう(その他表記)al-Zaydīya

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ザイド朝」の意味・わかりやすい解説

ザイド朝
ザイドちょう
al-Zaydīya

イスラム教シーア派のザイド派が建てた王朝。 (1) 864年,ハサン・イブン・ザイド (884没) は,タバリスタンにおけるターヒル朝に対する反乱の指導者として招かれ,やがてタバリスタン全域に支配権を確立,867年にはグルガン地方をも併合した。主としてダイラム人とギーラーン人の支持を得て,サーマン朝に対抗したが,928年サーマン朝にタバリスタンを奪われて衰退,1126年頃までアームルの支配者として存続していた。 (2) 893年,ハーディーが,サーダを拠点にイエメンに支配を確立。このいわゆるラッシー・イマーム朝は,14世紀には一時十二イマーム派の系統によって中断され,16世紀初めにはマムルーク朝によってサーダから追われたが,17世紀以降もオスマン帝国のもとで存続し,1904年ヤフヤー (1868~1948) のもとにオスマン帝国から独立,18年サヌアを占拠して全イエメンに支配権を回復。 62年9月の軍事クーデターによって廃されるまでイエメン王国として存続した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む