イエメン(英語表記)Yemen

翻訳|Yemen

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「イエメン」の意味・わかりやすい解説

イエメン
Yemen

正式名称 イエメン共和国 Republic of Yemen。
面積 52万8076km2
人口 3158万2000(2021推計)。
首都 サヌア

アラビア語では al-Jumhūrīyah al-Ymanīyah。アラビア半島南西端の国。北はサウジアラビア,東はオマーン,南はアデン湾とアラビア海,西は紅海に接する。 1990年5月,イエメン=アラブ共和国 (北イエメン) とイエメン民主人民共和国 (南イエメン) とが統合して成立。国土は紅海とアデン湾岸の狭い海岸平野,内陸部のイエメン高地,北部の砂漠地帯に分けられる。イエメン高地は夏季でも約 28℃,モンスーンの影響で降雨が多い。海岸平野は乾燥地帯で,涸れ川 (ワディ) 地下水,段丘の流れ水を利用して農業が行なわれる。北イエメンは古くから文化が開け,ミナ文明,サバ文明 (前9世紀~前 115) ,ヒムヤル王国 (前 115~後 525) の中心であった。7世紀にイスラム教徒に支配され,16世紀にオスマン帝国の統治を受けた。 1918年にイエメン王国として独立。 1962年アブドゥッラー・アッサッラールの革命が起こり,イエメン=アラブ共和国となった。その後,王制派と革命派の対立から内戦に発展,エジプトやサウジアラビアなどの外国勢力の介入が続いた。一方,南イエメンのアデン地方は,古くから地中海諸国と東アジアとの中継地として重要であったが,1839年イギリスの東インド会社の手に落ち,インド政庁に所属した。イギリスはこの港を守るため,周辺の首長国を徐々に保護領としていった。 1937年アデン地方はイギリスの直轄植民地とされ,1959年から植民地と保護領からなる連邦化が進められた。こうして 1963年に南アラビア連邦が成立,1967年までイギリスの保護下にあった。 1967年 11月南イエメン人民共和国として独立,1970年にイエメン民主人民共和国と改称。 (→イエメン内戦 ) 農産物はイエメン高地のコーヒーのほか,海岸平野では,サトウキビ大麦トウモロコシナツメヤシの実,果実,コーヒー,綿花,カート (軽い麻薬) が栽培され,ヒツジヤギなどの牧畜も行なわれる。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

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