シリギ(その他表記)Shirigi

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「シリギ」の意味・わかりやすい解説

シリギ
Shirigi

モンゴル帝国武将モンケ (蒙哥)の第4子。 1267年河平王に封じられる。ハイドゥ (海都)の活動で元の西境が不安になると,世祖フビライ・ハンは 75年皇子ノムガンを国境防衛軍の総司令官としてイリ河畔のアルマリク地方に派遣し,シリギはこれに従軍した。 77年同じ軍中の諸王トゥク・テムルは世祖に不満をいだき,シリギを皇帝に推戴しようとし,ノムガンらを捕えてハイドゥ派に参加したが,やがてバヤンの指揮する元軍が到着してシリギをオルホン河畔に撃破した。その後,シリギはトゥク・テムルと対立し,結局トゥク・テムルを殺したものの,チャガタイの子サルバンに捕えられ,世祖のもとに連行され,海島に流されて余生をおくった。

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