チョバン朝(読み)チョバンちょう(その他表記)Chūbānids; Chūbāniyān

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「チョバン朝」の意味・わかりやすい解説

チョバン朝
チョバンちょう
Chūbānids; Chūbāniyān

イランアゼルバイジャンを統治したモンゴル系王朝 (1338~57) 。イルハンアブー・サイード (不賽因)に仕えたスルドゥズ部族のアミール・チョバン (?~27) に始る。その孫ハサン・クーチェク (在位 38~43) がジャラーイル朝ハサン・ブズルグと争ってアゼルバイジャンの支配権を獲得。アシュラフ (在位 43~57) のとき,キプチャク・ハン軍の侵入により衰退,アシュラフが混乱なかに殺されて滅びた。

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