改訂新版 世界大百科事典 「デアンブリス」の意味・わかりやすい解説
デ・アンブリス
Alceste De Ambris
生没年:1874-1934
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…このためフィウメには,義勇兵やナショナリストと並んでサンディカリストの結集もみられるようになり,それぞれの思惑をもってローマ進軍の計画や反乱の構想が練られた。とくにサンディカリストのA.デ・アンブリスはダンヌンツィオの参謀役におさまって,フィウメ独立政府の統治方針を表した〈カルナーロ憲章〉の作成に尽力した。イタリア政府はフィウメ問題の解決に頭を痛めたが,20年6月に成立したジョリッティ内閣が11月にユーゴスラビアとラパロ条約を締結し,両国の国境問題に決着をつけるとともにフィウメを自由市とすることで合意に達した。…
※「デアンブリス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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