青年の青は未熟を意味し、青年期とは成熟に至る前段階ということになる。ただし、日常用語としての青年は、青年紳士といったことばにもみられるように、日本語の場合、30代前半ぐらいまでをいうことも多い。発達心理学上の用語としては、児童期と成人期との中間の時期、男子では14、15歳から24、25歳くらいまで、女子では12、13歳から22、23歳くらいまでを意味していた(過去形にしたのは、後述するように、日本の現状では青年期を区切る境界そのものがしだいに曖昧(あいまい)になりつつあるからである)。
[藤永 保]
青年期が何によって特徴づけられるかには、二つのとらえ方がある。第一は、性的成熟を中心とした生理的、身体的変化である。この期になると、男女とも性腺(せいせん)、性器(第一次性徴)が発達し、女子は月経、男子は射精をみるに至る。これに伴い、それぞれの性にふさわしい外見的変化もおこる。男子は肩幅が増し、喉頭(こうとう)部が突き出て声変わりし、女子は腰部が太くなり、乳房が膨らみ始める。陰毛や腋毛(えきもう)も生じる。こうした特徴は第二次性徴とよばれる。体位の面でも爆発的成長がおこり、まず身長が急激に伸び、ついで胸囲が広がり体重も急増する。第二次性徴と身体的変化の現れる青年期の初めの発達期をとくに思春期とよび、おおむね11、12歳から15、16歳までをさす。一般に女児のほうが早く、また個人差も大きい。早熟と晩熟の差が最大2年位に達し、とくに思春期に入る時期に目だつ。中学校低学年では、一方に成長が目覚ましく、すでに青年らしい特徴を備える者があり、他方にまだ児童期を抜け切れない者のいるのが普通である。しかし、こうした一時的優劣は将来の体位を予測するものではなく、ピークに達したときには両者とも等しくなる。早熟な者は、成長の周期を比較的早く、ほぼ16年間の短期間で達成するにすぎない。これに対し、普通は18年間、また晩熟の者では20年間で成長周期を達成する。成長過程で生じる体位差の一部は、このような成長周期の個人差による。
これに関連して、20世紀後半以降、先進国の都市化地域では、世代を追うごとに性的成熟に達する年齢がしだいに早期化する「発達加速現象」が目だっている。都市化に伴う心理的刺激の過剰が原因ではないかと推測されているが、青年期現象には、地域差や文化差によっても不ぞろいが生じる。以上のように、青年期の成長過程も、かならずしも年齢や生理学的要因のみによって規定されているわけではない。
[藤永 保]
第二の見方は、青年期をむしろ社会的地位や役割によって規定しようとするものである。青年期は、大まかにいって、中学校、高等学校、大学の時期に相当しているが、こうした学齢期が青年期の主要な境界だとするのである。事実、青年期を前期、中期、後期に三分する考え方もあるが、これはちょうど前記の三つの学校段階に対応している。青年期ということばはもちろん古く、ルソーなども早くから注目しているが、とくに関心を集めるようになったのは、20世紀に入ってアメリカ、ドイツなどで諸研究が行われるようになってからである。いわゆる先進国において学生とよばれる新しい年齢集団が大量に生み出されるようになった事情が、このことの背景にある。身体的に成熟すればただちに職業や仕事につくような社会では、とくに青年期に配慮する必要は大きくないから、前述の事情と考えあわせると、青年期が社会的地位の一つという見方にも意味深いもののあることがわかる。日本語でも、「青年」ということばが一般的に使われるようになったのは明治期以降であるが、このことも前述の事情を裏づけている。したがって、実際にはどのような規定が正しいかというよりは、生理的変化と社会的地位の変化とが並行して相互に影響しあい、青年期の意義がより注目をひくに至ったといえるだろう。
[藤永 保]
青年期には、性的成熟が急激な身体的変化を引き起こし、児童期までの比較的安定した人格の体制に大きな動揺を与えるので、さまざまな心理的特徴を生じる。この期の形容として、よく疾風怒濤(どとう)、けいれん生活、「第二反抗期」などといわれるが、前記の基本的動揺をよく示している。青年は、自分でも由来や理由のつかめない不安、いらだち、葛藤(かっとう)、怒りなどを感じ、これをすぐに外的対象に投射し、理由なき反抗に走る。1960年代後半以降、これが大学紛争や中学・高校における校内暴力という集団的な形、家庭内暴力という激越な形で表れ、多くの青年問題を引き起こしている。さらに、青年期は心理的に不安定な時期であるためか、この期に統合失調症やうつ病などの、いわゆる内因性精神病が発症することも多い。また、発達障害や児童虐待の後遺症などがこの期に顕在化する例がみられ、ときに不可解な犯罪行為に結び付くなど青年期の病理をいっそう複雑なものにしている。
社会的には青年はいわゆる境界人であって、成人にも子供にも属さない境界領域の曖昧な存在である。その権利も曖昧で、ときにより大人並みにも子供並みにも扱われる。学校、家庭における青年の処遇はそのためとかく便宜的になりやすく、これが青年の不安定や反抗に拍車をかけるもとになっている。エリクソンは、そこで、青年期に克服されるべき課題として「自我同一性(アイデンティティ)の確立」をあげた。青年はそれまで一方的、無自覚的に押し付けられた特徴を一種の素材として、個性、統一性、連続性、目的意識をもった人格を自覚的に再構成する必要がある。それゆえ、この期は「第二の誕生」期ともよばれる。しかしこの課題は、青年の生きる時代や環境によって容易に達成されないことがあり、エリクソンのいう「自我同一性の拡散」が生じる。神経症その他の病的徴候、風俗上の前衛運動(アングラ演劇、奇矯な服装など)、政治的反抗などの無秩序は、その一つの表れであるといわれる。拡散のため自我同一性の確立が遅れれば、この期をモラトリアムmoratoriumとよぶ。自我同一性の確立は人格的な意味での真の青年期の終わりを告げるものであるから、モラトリアムを経たのち自我同一性の確立までを「引き延ばされた青年期」とよぶ。
[藤永 保]
以上は、およそ1970年代までの青年心理学や青年期研究の定説であった。しかし、その後の社会情勢の変化は、青年心理学だけではなく、それを含む発達心理学全般に大きな影響を及ぼした。情報通信産業の興隆、IT革命の進展は、産業構造そのものに大きな変革をもたらし、かつてみられない急速な技術革新と社会変動を生んだ。当然ながら、人は、それまでの時代のように、青年期までに習得した知識や技能によって一生安定した職業生活を送ることは、かならずしも期待できなくなった。こうして、ユネスコにより生涯教育が提唱され、やがて生涯学習―生涯発達へと焦点が移行していった。このことは、社会的自立への準備期と位置づけられていた青年期の意義、ひいてはその境界をますます曖昧なものにしてしまう。エリクソンの時代には、青年期は、自我同一性を確立するための一種の臨界期的役割を負わされていたが、現代は、ある意味で、生涯にわたり絶えざるアイデンティティの再構成を求められている時代ともいえよう。生涯発達心理学のなかでは、かつては一つの安定期としてさしたる関心の対象にならなかった壮年期の意味の見直しが行われているのはその証左ともいえる。
さらに、現代の日本では、先行き不安や経済的変動が晩婚化に拍車をかけ、また高年世代がより大きな資産をもつなどの社会・経済的条件により、就職してもなお半永続的に親の家に同居するパラサイトシングル現象、未就職または早く退職して家庭に閉居する引きこもり現象なども目だっている。これらは、自立の準備期としての青年期の延長であり、形を変えたモラトリアムとみられないでもない。一方、IT革命の時代には、若年で起業家として成功する例も珍しくない。以上を総合して、青年期についての既成概念は再検討の時期にきているといえよう。
[藤永 保]
『エリクソン著、小此木啓吾訳『自我同一性』(1973・誠信書房)』▽『エリクソン編、栗原彬監訳『自我の冒険』(1973・金沢文庫)』▽『桂広介著『青年期――意識と行動』(1977・金子書房)』▽『久世敏雄編『青年期の社会的態度』『青年の心理を探る』(以上1989・福村書店)』▽『吉田辰雄編著『児童期・青年期の心理と生活』(1990・日本文化科学社)』▽『清水将之著『精神医学叢書 青年期と現代』(1990・弘文堂)』▽『堀尾輝久他著『シリーズ 中学生・高校生の発達と教育2 からだと心の青年期』(1990・岩波書店)』▽『詫摩武俊著『青年の心理』(1993・培風館)』▽『村瀬孝雄著『自己の臨床心理学 アイデンティティ論考――青年期における自己確立を中心に』(1995・誠信書房)』▽『加藤隆勝・高木秀明編『青年心理学概論』(1997・誠信書房)』▽『古屋健治他編著『青年期カウンセリング入門――青年の危機と発達課題』(1998・川島書店)』▽『白佐俊憲・工藤いずみ著『発達心理学基礎テキスト――乳児期から青年期まで』(1999・山藤印刷出版部、川島書店発売)』▽『心理科学研究会編『新 かたりあう青年心理学』(1999・青木書店)』▽『岡村一成・浮谷秀一編著『青年心理学トゥデイ』(2000・福村出版)』▽『西平直喜・吉川成司編著『自分さがしの青年心理学』(2000・北大路書房)』▽『梅本堯夫・大山正監修、遠藤由美著『青年の心理――ゆれ動く時代を生きる』(2000・サイエンス社)』▽『白井利明他著『やさしい青年心理学』(2002・有斐閣)』▽『落合良行他著『青年の心理学』(2002・有斐閣)』▽『ダグラス・C・キンメル他著、河村望他訳『思春期・青年期の理論と実像――米国における実態研究を中心に』(2002・ブレーン出版)』▽『ジョン・コールマン、レオ・ヘンドリー著、白井利明他訳『青年期の本質』(2003・ミネルヴァ書房)』▽『白井利明著『大人へのなりかた――青年心理学の視点から』(2003・新日本出版社)』▽『モーリス・ドベス著、吉倉範光訳『青年期』改訳(白水社・文庫クセジュ)』▽『福島章著『青年期の心――精神医学からみた若者』(講談社現代新書)』▽『山田昌弘著『パラサイト・シングルの時代』(ちくま新書)』
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児童期と成人期の中間の時期をいう。思春期とほぼ同義だが,思春期というときは主として青年の身体的・性的成熟に焦点が合わされるのに対し,青年期というときは性的成熟以外の心理的・社会的成熟も念頭において,より全体的に,より広い観点でみている。青年期は身体的・性的成熟の起始とともにはじまり,心理的・社会的成熟の獲得で終わる。つまり二次性徴の出現などは,早い子どもでは小学校高学年からはじまるが,16,17歳くらいになると年間発育量は小さくなり,こんどは心理面の変化が生じはじめ,これが20歳代へとつづいていく。やがて心理面の動揺がおさまり,安定した新しい心理的平衡状態に入って,成人期へと移行する。
現代の青年期は一時代前のそれより長くなっているといわれる(青年期の延長)。たとえば女子の初経は昔より早くはじまる傾向にある。逆に青年期の終りの時点は先進国の高度工業社会では遅くなる。修業期間が長くなり,なかなか一人前になりにくいことと関係があろう。青年期が長くなるにつれ,これを青年前期と青年後期に二分する見方が一般に行われるようになった。発達心理学の観点から,青年期に達成すべきいくつかの発達課題が要請されるが,青年前期と青年後期とでは次のような配分になる。
青年前期early adolescenceの発達課題は主として仲間づくりと性的な身体の変化への対応の二つである。仲間づくりは最初同性同年輩のグループの一員となることからはじまり,ついでより少人数による,より親密な友人関係の形成へとむかう。性的な身体への対応は男女で少し異なる。青年後期late adolescenceになると異性への関心の増大とともに,同年輩の異性との交際という新しい仲間づくりがはじまるが,それと並んで,自分にふさわしい自分らしい生き方とは何か,という自問自答がはじまるのが大きな特徴である。これを〈自己アイデンティティの模索identity-seeking〉とよぶ。抽象的思考の発達につれて生じる発達課題である。今日のように青年期が長くなると,一般的にいってアイデンティティの獲得にいささか難渋する青年が多くなるといわれている。以上のように青年期の心理にとくに焦点を合わせる心理学を青年心理学adolescent psychologyとよぶ。青年心理学のはじまりは20世紀初頭であるといわれている。いうまでもなく,青年という中間期がこのころから無視しがたい重要なライフサイクルとなったことと呼応している。青年心理学の発展には精神病理学psychopathologyが大きな役割を演じた。なぜなら,青年期は特有の精神病や適応障害の生じやすい時期だからである。まず統合失調症という代表的な内因性精神病の好発期が青年後期にある。もう一つの内因性精神病である躁うつ病も統合失調症ほどではないがこの時期に初発することがまれでない。精神病ではないが,神経性無食欲症(神経性食思不振症)は女子の青年前期にもっとも多く発病し,またの名を〈思春期やせ症〉という。対人恐怖症という神経症も青年前期にはじまることが多い。日本では最近,以上のような昔から知られる青年病のほかに,登校拒否,家庭内暴力,リストカット型自殺企図,過食などの新種の社会行動上の障害が話題にされる。
執筆者:笠原 嘉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…青年期adolescenceとほぼ同義で,児童期から成人期へと移行する中間の時期をいう。ただし思春期というときは,青年の性的成熟に焦点が合わされる。…
…彼らは,幼いころから職業訓練を始め,大人の性的役割を早くから引き受けていたが,その身体上の第二次性徴の訪れは19世紀半ばですら今日より数年ほどは遅れていた。そのためにライフサイクル上の諸課題は継起的であるよりも併発的であり,青年の境界はあいまいで自立性に乏しく,現在の青年期にあたる時期は,子どもと大人の両時期に引き裂かれていた。
[産業社会の青年]
産業社会は,工業化と社会分業の進展,そして近代家族,母性の神話,学校といった諸装置の発達によって,ライフサイクルを線型化するとともに,青年という独自の存在形態を生み出した。…
※「青年期」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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