ハラチン部(読み)ハラチンぶ(その他表記)Kharachin

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハラチン部」の意味・わかりやすい解説

ハラチン(喀喇沁)部
ハラチンぶ
Kharachin

15世紀以後モンゴル東部に現れる部名,行政区画名。 16世紀後半にダヤン・ハン (達延汗)の孫のバヤスハルの支配下に入り,以後その後裔の支配するところとなったが,17世紀前半,リンダン (林丹)征討を受けて壊滅,残った者は清朝に下って八旗に編入された。清代に内モンゴルのジョソト盟に属したハラチン2旗はこれとは異なり,ウリヤンハン部族の分れで,明代の朶顔衞の後身である。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

関連語 ダヤン 達延汗

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む