ヒロシマノート

デジタル大辞泉 「ヒロシマノート」の意味・読み・例文・類語

ひろしま‐ノート【ヒロシマ・ノート】

大江健三郎によるルポルタージュ。昭和40年(1965)刊行。著者自身が広島を訪れて取材した原水爆禁止運動被爆者の暮らし、治療にあたる医師たちの姿を描く。姉妹的作品として昭和45年(1970)刊行の「沖縄ノート」がある。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内のヒロシマノートの言及

【原爆文学】より

…作品に佐多稲子《樹影》(1970‐72),いいだもも《アメリカの英雄》(1965),堀田善衛《審判》(1960‐63),福永武彦《死の島》(1966‐71),井上光晴《地の群れ》(1963),《明日》,高橋和巳《憂鬱なる党派》(1965),小田実《HIROSHIMA》(1981)などがある。なかでも特筆すべきは大江健三郎(1935‐ )の存在で,1963年に広島に行き《ヒロシマ・ノート》(1964‐65)を発表して以来,〈核時代に人間らしく生きることは,核兵器と,それが文明にもたらしている,すべての狂気について,可能なかぎり確実な想像力をそなえて生きることである〉とする核時代の想像力論を唱え,《洪水はわが魂に及び》(1973),《ピンチランナー調書》(1976),《同時代ゲーム》(1979),《“雨の木(レインツリー)”を聴く女たち》(1982)などの作品を書き,国内だけでなく外国でも高く評価された。【川西 政明】。…

※「ヒロシマノート」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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