ムハンマド・イブン・アブドゥル・ワッハーブ(その他表記)Muḥammad Ibn `Abd al-Wahhāb

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

ムハンマド・イブン・アブドゥル・ワッハーブ
Muḥammad Ibn `Abd al-Wahhāb

[生]1703. ウヤイナ
[没]1792
アラビアのイスラム復古主義者。ワッハーブ派 (→ワッハーブ派運動 ) の祖。メジナで学んだのち,バスラバグダード,さらにイラン各地を遊学してイブン・ハンバルの立場に転向し,イブン・タイミーヤの思想の継承者となった。「コーランと預言者のスンナに帰れ」という教えは,ダルイーヤ地方の豪族イブン・サウード家の支持を受けてからワッハーブ派運動として発展し,この運動はやがて中部アラビア,東北アラビアを制してワッハーブ王国の成立をもたらした。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

関連語 サウード家

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む