やさか村(読み)やさかむら

日本歴史地名大系 「やさか村」の解説

やさか村
やさかむら

諸井もろい郷内の一村で、比定地は未詳。元亀二年(一五七一)徳川家康が本間八郎三郎に所々所領を安堵したなかに「もろいの内やさか田畑拾五貫文」とみえる(同年三月一三日「徳川家康判物写」本間文書)。その後天正二年(一五七四)高天神たかてんじん(現大東町)落城後本間八郎三郎は武田氏に降ったため、「やさか村」の一五貫文などはそのまま武田氏によって安堵された(同年七月九日「武田家朱印状」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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